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REMNANT ――境界に残ったもの  作者: 灰谷 くぐり
第一章:制御できなかったもの
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第11話 事後処理

 医療区画は、

 異様なほど整っていた。


 破損した床はすでに覆われ、

 壁の焦げ跡も消されている。


 ここで戦場帰りの隊員が運び込まれ、

 人が死んだ痕跡は、

 手際よく削り取られていく。


 残っているのは、

 人の気配だけだった。


 第七特別部隊は、

 同じ区画に集められていた。


 全員、

 白い簡易着。


 階級章も、

 部隊章も外されている。


 私物も、

 まだ戻ってこない。


 名前ではなく、

 処理単位として並べられている。


 誰も、

 喋らなかった。


 喋るべき言葉が、

 見つからない。


 空席が一つある。


 そこに目を向けるのは、

 無意識だった。


 だが、

 すぐに逸らす。


 見続けるには、

 現実味が強すぎた。


 足音がして、

 本部職員が数名入ってくる。


 人数が、

 普段より多い。


 それだけで、

 今回が“通常の帰還”ではないと分かる。


「第七特別部隊」


 年配の男が前に出た。


 現場指揮官ではない。

 現場をまとめる役でもない。


 事後を整理する側の人間だ。


「本日の任務は、

 ここで終了とする」


 淡々とした宣告。


「戦死者一名」


 一拍。


「鷹宮隊員」


 名前が出た瞬間、

 空気がわずかに沈む。


 誰かの呼吸が、

 一瞬乱れた。


「死因は、

 コラプサーとの交戦による致命傷」


「戦闘中戦死として、

 正式に処理される」


 異論は出ない。


 それが、

 最初に置かれるべき結論だった。


 葛城が、

 一歩前に出る。


 片腕は固定され、

 顔色も良くない。


 それでも、

 姿勢は崩していない。


「……確認したい」


 低い声。


「今回の配置、

 判断に問題はなかったのか」


 本部職員は、

 一瞬だけ言葉を選んだ。


「配置、指揮ともに

 規定内」


「想定外挙動については、

 現在解析中」


 言い切らない。


 結論を、

 この場で置かない。


 葛城は、

 それ以上聞かなかった。


 聞けなかった。


 そのとき。


 区画の扉が、

 静かに開いた。


 音は小さい。


 だが、

 空気が変わった。


 入ってきた男は、

 軍服を着ていない。


 それでも、

 本部職員が無言で一歩下がる。


 誰かが名を告げる前に、

 全員が理解していた。


 立場が違う。


 男は五十代半ば。


 背筋は伸び、

 動きに無駄がない。


 視線が、

 部隊全員を一人ずつなぞる。


 評価でも、

 非難でもない。


 確認する目。


「……鷹宮家の方です」


 誰かがそう告げた。


 男は頷き、

 それ以上は名乗らない。


 名乗る必要がない。


 葛城が、

 悠真の隣で声を落とした。


「……鷹宮たかみや 恒一こういち


 一拍。


「連邦評議会、

 特異戦力統括局」


 さらに一拍。


「元局長だ」


 それ以上、

 説明はなかった。


 鷹宮 恒一は、

 ゆっくりと口を開く。


「第七特別部隊」


 名指し。


 声は低く、

 感情を混ぜない。


「息子の件は、

 報告を受けている」


「戦場での戦死だ」


 事実を、

 事実として置く言い方だった。


「息子は、

 自分の立場を理解していた」


「ここで死ぬ可能性も、

 承知の上だ」


 免罪ではない。

 赦しでもない。


 覚悟を前提にする言葉。


 一拍。


 視線が、

 部隊全体を見渡す。


「今回の戦闘については、

 すでに全データを回収している」


 本部職員が、

 無言で頷く。


「配置、判断、

 能力反応」


「すべて、

 記録されている」


 淡々と。


「それらが何を示すかは、

 これから分かる」


 ――調査する、という意味だ。


「その結果については、

 然るべき形で共有される」


 逃げ道を、

 用意しない言い方。


 鷹宮 恒一は、

 少しだけ間を置いてから続けた。


「私は、

 今日ここにいた全員のことを

 覚えておく」


 個人を選ばない。


 全体を囲う言葉。


「息子が死んだ戦場に、

 誰が立っていたのか」


「何が起き、

 何が起きなかったのか」


「それは、

 いずれ明らかになる」


 宣告ではない。


 だが、

 約束だった。


 男はそれ以上、

 何も言わなかった。


 踵を返し、

 静かに去っていく。


 誰も、

 引き止めない。


 しばらく、

 誰も動けなかった。


 霧島が、

 小さく息を吐く。


「……なるほどな」


「……ああ」


 葛城が短く答える。


 それから、

 部隊全体を見る。


「……聞いたな」


 誰も返事をしない。


「調査が入る」


 それだけ言って、

 それ以上は口にしなかった。


 久遠悠真は、

 自分の手を見る。


 震えてはいない。


 だが、

 冷たい。


 誰も、

 自分を責めていない。


 それなのに。


 全員まとめて、

 逃がさないと言われた。


 その中に、

 自分も含まれている。


 それだけは、

 はっきり分かった。



 その夜、

 久遠悠真は、

 まだ何も知らなかった。


 境界は、

 すでに越えられる準備を

 終えていたことを。

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