第10話 覚醒
戦場は、
すでに限界を越えていた。
複数のコラプサーが、
市街地の各所で暴れている。
建物が崩れ、
道路が裂け、
夜の街が断続的に白く染まる。
その中央。
葛城が、
主集団の前に立っていた。
肉体強化。
痛覚遮断。
限界超過。
拳を振るうたび、
地面が沈み、
瓦礫が跳ねる。
「――っ!!」
一体を殴り倒す。
だが、
すぐ次が来る。
コラプサーは、
数を減らさない。
倒れても、
止まらない。
群れとして、
前に進む。
その一撃一撃が、
葛城の身体を確実に削っていた。
神経摩耗。
骨の軋み。
内臓への反動。
それらすべてが――
悠真に流れ込んでいる。
久遠悠真は、
主戦線の少し後方に立っていた。
立っているだけだ。
視界は、
時々途切れる。
呼吸は、
どこか遅れてくる。
だが、
倒れていない。
それだけで、
“使える”。
葛城の負担。
霧島の防御負荷。
複数個体からの反動。
代償が、
同時に重なっている。
(……もう、
限界だ)
そう理解している。
それでも、
止められない。
葛城が倒れれば、
主戦線が抜ける。
抜ければ、
群れは市街地奥へ流れ込む。
まだ、
民間人がいる。
「……チッ」
別方向で、
苛立った声が響いた。
鷹宮だ。
主集団から外れた位置で、
二体のコラプサーを相手にしている。
本来なら、
一人で十分な相手。
だが、
消耗が重なっている。
回避が、
一拍遅れる。
「数が多すぎるな」
そう呟き、
鷹宮は決断した。
――能力、全開。
寿命を削る過剰出力。
光が走り、
周囲の建物が一瞬で砕け散る。
だが、
まだ残る。
「……久遠!」
苛立ちを含んだ声。
「肩代わりしろ!」
命令だった。
反射的に、
悠真の喉が詰まる。
(……今は、
無理だ)
今受ければ、
葛城の方に支障が出る。
自分自身も、
もう持たない。
初めて、
拒否の言葉が浮かぶ。
「……今は――」
ほんの一瞬。
その躊躇だけで。
「――ふざけんな」
鷹宮の声が、
一段低くなった。
戦場の轟音より、
はっきりと聞こえる。
鷹宮が、
悠真の方へ移動してくる。
背後では、
コラプサーがまだ動いている。
「状況、
分かってんだろ」
低い声。
「俺がここで止まったら、
こっちが抜ける」
事実だ。
「抜けたら、
群れが合流する」
それも、事実。
「そうなったら――」
一拍。
「前線が潰れる」
葛城の背中が、
脳裏に浮かぶ。
「拒否権はねえ」
鷹宮は、
悠真の隣で、
ぼそっと言った。
「なあ、久遠」
声は落ち着いていた。
戦場でよく聞く、
“終わりが見えたとき”の声だ。
「お前さ」
一拍。
「自分が壊れたあと、
妹がどうなるか考えたことある?」
悠真の思考が、
一瞬で止まる。
「今はまだ、
“久遠悠真の妹”って扱いだけどさ」
軽い口調。
「それ、
お前が立ってる間だけなんだよ」
胸の奥が、
嫌な音を立てた。
「お前が壊れた瞬間」
淡々と。
「身内枠は消える」
制度の話。
疑う余地のない、
現実。
「“特殊症例”として再分類」
「管理番号が付く」
「治療じゃねえ。
観察とデータ取りだ」
視界が、
ぐらりと揺れた。
「延命はする」
一瞬、
救いに聞こえる。
「壊れるまでな」
完全な切断。
「でもまあ」
鷹宮は、
本当に気軽に続けた。
「お前がここで全部出し切れば」
一拍。
「“兄が守った妹”って実績が残る」
実績。
人の話じゃない。
「それがあれば」
装備に刻まれた
連邦章に視線を落とす。
「俺の名前で、
話を通せる」
「研究枠から外して、
保護名目に切り替えられる」
書類の話。
「安心しろよ」
そして、
決定的な一言。
「お前がいなくなっても、
妹は俺の管理下で生きられる」
拒否しようとした。
だが、
言葉が出なかった。
代わりに。
何かが、
溢れた。
怒りでも、
悲しみでもない。
拒絶。
世界そのものを、
拒む感情。
(……やめろ)
誰に向けた言葉か、
分からない。
だが。
それは、
確かに外へ漏れた。
その刹那。
主戦線で、
葛城が限界を超えた一撃を放つ。
コラプサーの群れが、
一瞬だけ、
完全に止まる。
――時間が、飛んだ。
次に認識した瞬間。
一体のコラプサーが、
そこにいた。
距離も、
過程も、
存在しない。
ただ、
結果だけがある。
最前線を離れ、
完全に無防備だった位置。
鷹宮の正面。
「――は?」
理解する前に。
衝撃が、
胸を貫いた。
質量と能力が、
そのまま叩き込まれる。
鈍い音。
鷹宮の身体が、
一瞬宙で止まり――
崩れ落ちた。
静寂。
一瞬。
複数のコラプサーが、
同時に動きを止めた。
誰も、
声を出せなかった。
久遠悠真は、
立ち尽くしていた。
何が起きたのか、
分からない。
自分が、
何をしたのかも。
(……違う)
これは、
自分の意志じゃない。
そう思った瞬間。
恐怖が湧いた。
自分が、
分からない。
その感情が、
そのまま伝わった。
コラプサーたちが、
一斉に身を震わせる。
次の瞬間。
散るように、
夜の奥へ――消えた。
戦闘は、
終わった。
勝利でも、
敗北でもない。
ただ、
終わった。
久遠悠真は、
膝をついた。
ようやく、
身体が崩れた。
胸の奥は、
空っぽだった。
怒りも、
恐怖も、
何も残っていない。
ただ。
境界に取り残された感覚だけがあった。




