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【アップ✨】2025年10月19日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります☕️

初めまして、天川裕司です。

ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。

また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。

どうぞよろしくお願い致します。

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬


【アメーバブログ】

https://blog.ameba.jp/ucs/top.do


【男山教会ホームページ】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【YouTube】(星のカケラ)

https://www.youtube.com/@%E6%98%9F%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%B1%E3%83%A9-v5x/videos


【ノート】

https://note.com/unique_panda3782



【YouTubeドラマにつきまして】

無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、

お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。

基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。

創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪

出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬

でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、

どうぞよろしくお願いします(^^♪




【本日のメッセージ】

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=Y-ZRIxnMPpQ


【ブログ】

https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12941183504.html

聖書と讃美歌を閲覧できます。



聖書


『ヨハネによる福音書』第一四章六〜一一節)

『ダニエル書』(第一〇章一六〜一九節)

(口語訳聖書)


讃美歌〜♫


讃美歌495番

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=bcFbYH4gNmg&pp=ygUP6K6D576O5q2MNDk155Wq


讃美歌54番

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=mzoGEP4v2aI&pp=ygUO6K6D576O5q2MNTTnlao%3D



2025年10月19日 礼拝説教 聖書箇所


「わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。」

ヨハネによる福音書14章11節


「恐れることはない。愛されている者よ。平和を取り戻し、しっかりしなさい。」

ダニエル書10章19節


はじめに

わたしたちの祈りは、神に何を求めるものか。イエスとの対話から、真理を学ぶ。

「フィリポはイエスに言う。『主よ、わたしたちにその父を(明らかに)示してください。そうすれば、わたしたちにゆるぎない強さがもたらされます。』」フィリポは、主イエスがトマスに言った「まさしく今この時からあなたがたは彼(父)を知り、本当に、彼(父)を(たしかに)見たのです」との言葉を聞いて、単に自分の願望が満たされることを願ったのではなく、神の力を求めたことがわかる。「満足」とは、「ゆるぎない強さ」をもって満たされることであって、精神的満足にとどまらず、確かな守りの中に置かれることを表す。イエスが用意される天の住まいがもはやどのような外敵からも自由であったように、まことの父を知ることはフィリポにとって二重の守りを意味した。フィリポは、主イエスに召された最初の弟子の一人であり、ナタナエルに「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それは、ナザレの人で、ヨセフの子イエスだ」と言った(1章45節)。「父を示す」とは、ヤコブが見た天まで達する階段の夢(創世記28章12節)、モーセが見た燃え尽きることのない柴(出エジプト3章2節)、イザヤが見た主とセラフィム(御使い)の幻(イザヤ6章1,2節)、エリヤが、嵐の中を火の戦車が火の馬に惹かれて天に上って行った時、エリシャがこれを見て、「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」(列と叫んだこと(列王下 2章11節)等を思い起こす。律法と預言者を知るフィリポにとって、イエスに父を示すことを求めることは、更に加えて、特別な、新たな奇跡を求めるに等しい。

「イエスはフィリポに言う。『フィリポ、あなたと長い間いっしょにいるのに、わたしをよく知らないのですか。わたしを見た者は、その父を見たのです。どうして、あなたは、「わたしにその父を示してください」と言うのですか。』」時間をかけてわかることにまさって、大切なことは、深い信頼の中でその御方を知ること。主イエスは、すでに、わたしを見た者たちは、わたしの父を見たと言う。それほどまでに、主イエスを知ることは、確実な、ただお一人の神御自身の啓示者として子なるお方を受け入れること。わたしたちが、等しく、神の子とされる理由は、ただ、神の啓示者である御子の謙りと贖いのゆえ。主イエスが、ゲツセマネの園で「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります」(マルコ14章36節)と祈られたように、わたしたちも、「神の子とする霊を受けた」者であれば、この霊によって「アッバ、父よ」と呼ぶ(ローマ8章15節)。わたしたちが「子であることは、神が『アッバ、父よ』と叫ぶ御子の霊をわたしたちの心に送ってくださった事実から分かる」(ガラテヤ4章6節)。じつに、「主」は、「わたしたちの父」「わたしたちの贖い主」(イザヤ63章16節)。

「わたしが父のうちにおり、父がわたしのうちにおられることを信じないのですか。わたしがあなたがたに話している(もろもろの)言葉は、自分から話しているのではありません。そうではなくて、父がわたしのうちにおられて、ご自身の(もろもろの)わざをなしておられるのです。」「わたしが父のうちにおり、父がわたしのうちにおられるのだから、わたしを信じなさい。さもなければ、わざそのもののゆえに、わたしを信じなさい。」聖霊の恵みによって、救いに有効に召し出された者たちは、子とされた者として、主の言葉と業を信じ見る者とされた。わたしたちの願いは、御子の謙りと贖いのゆえに、御父のもとに聞きあげられる。

おわりに

異国バビロンでダニエルは、主の幻を見て一度倒れた。しかし、主は、ダニエルを再び立ち上がらせた。弟子たちの十字架の屈辱から立ち上がる時を見た。復活の主によって。



(Mynote)


二〇二五年一〇月一九日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝を守れる事を神様に感謝する。

(子供メッセージ)

『スコットランド教会新カテキズム』

「私達は、お互いにどの様に一つに結び合わされて居るのですか。」

「キリストにある愛に依って一つに結び合わされて居ます。」

イエス様は十字架に付けられて葬られた。これは事実である。そして三日目に甦り、天に上られた。これも事実である。そして再臨までイエス様は地上のクリスチャンを愛を以て励まし、聖書に在る教えを授けた。クリスチャンになる事は、それまでの罪人から新しく生まれ変わる事。生まれ変わる時、その人は神様の愛に生かされる。そこで全てのクリスチャンは神様のもとで一つに結ばれる。イエス様の体を通して、繋がり、一つの救いに結ばれる。

(公同礼拝)

『ヨハネによる福音書』第一四章六〜一一節)

『ダニエル書』(第一〇章一六〜一九節)

この『ヨハネによる福音書』では、信仰に就いて記し、教えて居る。信仰とは、神様を信じる事。イエス様を信じる事。神様がイエス様を通して全ての人に教える事、聖霊が成す業を信じる事。知る程に信じる事である。

ピリポ(フィリポ)はこの時イエス様に、

しゅよ、私達に父(神様)を示して下さい。そうして下されば、私達は満足します」

と言った。その前にイエス様は、

「私は道であり、真理であり、命である。誰でも私に依らないでは、父のみもとに行く事が出来ない。もしあなた方が私を知って居たならば、私の父をも知ったであろう。しかし、今は父を知って居り、また既に父を見たのである」

と教えて居た。信仰・聖霊に依り満たされる事が、人間が遣う「満足」の言葉までにすり替わる。

その上でイエス様は、こう言ったピリポに、

「ピリポよ、こんなに長くあなた方と一緒に居るのに、私が分かって居ないのか。私を見た者は、父を見たのである。どうして、私達に父を示してほしいと、言うのか」

と応えた。

この時のピリポは満足して居なかった。この「満足」とはどこから来て居るか?人の間から来て居るもので、見て信じる・触れて信じる…と言う形に在ろう。人はよく「満足」という言葉に酔い痴れて、そればかりを追う傾向に在る。人の間に在る満足は、何れ必ず乾くもの(満たされないもの)である。これは欲望から来るものに在り、人の欲望は罪と同じく果てし無く、次から次を求めるからだ。謙りが無く、正しい信仰の在り方が無く、在るのは人の欲望・罪だけになる。しかし又この時のピリポは、日頃のクリスチャンから見ても、

「もっと教えて下さい!もっと教えて下さい!」

と言った姿勢で、信仰熱心に見えるものに在ろうか。ここに注意が必要である。

正しい信仰から外れ、間違った信仰に熱心になれば、その熱意ある姿勢から生まれるものは、また熱意ある欲望を産む事がある。これはただ罪に在り、その熱心を産む感情がその人を覆い尽し、信仰に於ける満たされも、正義も見えなくする。

人の満足は、この「信仰から外れた結果を待ち望むものに成り、時に熱心であればある程、その過ちを肯定する姿勢に成り代わるもの」を産む。

「私が父に居り、父が私に居られる事をあなたは信じないのか。私があなた方に話して居る言葉は、自分から話して居るのではない。父が私の内に居られて、御業みわざをなさって居るのである。私が父に居り、父が私に居られる事を信じなさい。もしそれが信じられないならば、業そのものに依って信じなさい」

とイエス様は続けてピリポを諭した。

教会で為される聖餐式でも、その場にイエス様が居られる事(臨在されて居る事)をどれだけ本気で知り(信じ)、聖餐の記念を続けて居るか?この事が真面に問われる。聖餐式も礼拝と同じく、唯の儀式には無い。イエス様を通して神様の聖霊をそのまま受け取り、その存在(影響力)を知る程に信じ、その聖霊に依って、その度ごとに神様(イエス様)と全てのクリスチャンとの契約を思い出し、救いに与る恵みを心に留める必要がある。この事は、多くのクリスチャンにも当然問われる。

信仰とは、見て、触って、知る事に無い。信じて、仰いで、知る事に在る。先の事(見て、触って、知る事)は人の欲望がする事に在り、後の事(信じて、仰いで、知る事)は信仰の業に在る。詰り、信じる事の強さがここで問われて居る。

ピリポはこの時、イエス様の存在、イエス様が弟子を始め全ての人に教えたその言葉に、満足して居ないとなる。詰り「イエス様が救い主であると言うその存在」を信じて居ない事に同じで、これが人の満足の為す一例に在る。

神様の業と人の願いには、時に違いがあり、人はその事に満足しない事がある。これは不信仰に在り、この時こそ神様、イエス様に、祈る事が必要になる。イエス様がこの時ピリポに教え諭した様に、祈る人には必ず応えて下さる。その応え(真実)を見極め聴く事も、正しい信仰の成す業に在る。その教え・応えは、救いに繋がる。

イエス様が存在して居るその時点で、全ての人の救いは示されて居る。神様がイエス様を通して、全ての罪人(人間)に対してそうしたからだ。なのに多くの人はこの時のピリポの様に、もっとを望む事があり、その「もっと」は欲望・煩悩から来て、神様がイエス様を通して人に与えたその救いを否定する事がある。この罪から離れ、既に全ての人に与えられたその救いを信じ、知る事が必要である。その為に繰り返し聖書に聴き、祈り、時間を掛けて神様に成長させられる内に生き、神様に喜ばれる男女(神様の息子と娘)に成らねばならない。このピリポの姿と内実は、他の誰の内にも在る。

神様の前に常に正直に在り、祈りに依り、全ての人が正しい信仰に生かされる様に。

イエス様は、人として、人の姿で、この人間の世に遣わされた(誕生した)。だから他の人達から見ても、イエス様は普通の大工の子に見え、それ以上に無く(そう信じ)、それまでの人間の習慣・常識により、イエス様を唯一誠の救い主と信じる事・知る事が出来ない者達も非常に多く居た。だからこそこの時にも、神様が本来人に与え教えた信仰・正しい信仰に依る心と目が必要になる。その心と目により、唯一誠の救い主の見極めが、誰にとっても必要となる。


【日本キリスト改革派 男山教会】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【最寄りの教会検索用】

https://www.rcj.gr.jp/



Table Caffe〜


榎本保郎牧師 ミニ説教19 「イエス・キリストを身近に」

https://www.youtube.com/watch?v=MCyjy8BuIIw&t=2s


「SEIZE THE DAY / 今を生きる」

https://www.youtube.com/watch?v=A7Aobi9nmWM


イエス・キリストの生涯をたどる旅 II (1)

https://www.youtube.com/watch?v=vPB9SBXalPA


ハーベスト・タイム・ミニストリーズ

https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin


星のカケラ

https://www.youtube.com/@%E6%98%9F%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%B1%E3%83%A9-v5x/videos


(お暇な時にぜひどうぞ)

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬

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