第二話
――藤司は、本当に素敵な人だ。
栗色の髪は短く、色素の薄い瞳には理知的な光があって、口元にはいつも穏やかな微笑みを浮かべている。儚げながらも、武官として逞しい雰囲気を持ち、異性としてとても魅力的だ。
そんな藤司と柚瑠が出会ったのは、もう十年前のこと。捨て子だった藤司を街路で見つけ、柚瑠から声をかけた。天鬼家の親戚に引き取ってもらう形で保護し、現在は従者兼恋人でもある。
なんとしてでも、藤司だけと結婚したい、……のに。
「嫌だなぁ。藤司以外の男の人に会いに行くなんて」
柚瑠が一人呟くと、藤司は曖昧に笑った。どことなく力の無い笑みだ。すでにもう、これから会いに行く相手と結婚するとでも思っているかのように。
それが柚瑠にはやるせなかった。同時に、恋人にそんな思いをさせてしまっている自分に腹が立つ。例えば……国王でなかったら、きっとすんなりと結婚できていた。
けれど、王位継承権は軽々しく放棄できるものじゃない。それに柚瑠だって、民の役に立ちたいという思いはある。だから国王のままでいるほかなく、藤司につらい思いをさせてしまっている。
さらには、とうとう桐人が推薦する側室候補と会いに行かなければならない。藤司の心中は穏やかなものじゃないだろう。
「ごめんね。不安な思いをさせて」
眉をハの字にして謝ると、藤司は頭をゆるゆると振った。
「大丈夫ですよ。泰介さまとのご結婚は、俺たちの結婚を認めてもらうために必要なことですし」
「そ、そんなことないっ」
諦めの声色を聞き、柚瑠は慌てて藤司を見つめる。足を止め、藤司と向き合い、ぎゅっと藤司の手を握り締めた。
「絶対に藤司とだけ結婚する! ひとまず、兄上のご提案を聞き入れただけだよ!」
そうだ。柚瑠が愛しているのは、藤司だけ。側室なんて娶るつもりはない。桐人からの『飛竜家の長男と会ってくるように』という言いつけをとりあえず聞くだけだ。
「兄上には、きちんと後からお断りする。だから心配しないで、藤司」
「ありがとうございます、柚瑠さま。……ですが」
目の前の藤司の顏が、力無く微笑んだ。
「俺は二人目の夫でも構いません。柚瑠さまと一緒にいられるだけで、十分です」
欲のない言葉。
捨て子だった藤司は、昔からそうだ。自分が欲しいものでさえ、あっさりと諦めてしまうところがある。その無欲さが初めは魅力的に映ったものの、潔く諦める対象に自分も入ってしまうことが、柚瑠には寂しかった。
柚瑠は、藤司から手を離した。胸元を押さえ、俯く。
「そんな風に言われると……悲しいよ、藤司」
「え?」
「だって、俺は藤司のことだけが好きなのに。二番目でいいなんて言うな…っ……」
涙ぐんだ目で怒ると、藤司が虚を突かれたような顔をした。どうして怒られているのか、分からないといった顔だ。それがまた……柚瑠には悲しい。
けれど、おそらく藤司の複雑な過去から繋がっている性格だろうと思う。すぐにどうこうできるものではないだろうし、柚瑠にもどうしたらいいのか分からない。
だから、今の藤司のことを丸ごと受け入れると決めている。それなのにまたやってしまった。藤司のことを責めたくはないのに。
「……ごめん。取り乱して」
柚瑠は顔を背けてから、体ごと正面を向いた。藤司から少し距離を置いて、ゆっくりと歩き出す。
「そろそろ行こう。外に出たら、竜の姿になってくれる?」
目尻の涙をこっそりと拭いながら、優しく声をかける。カッとなってしまうところが我ながら子供っぽいとは思うものの、藤司のこととなると見境がつかなくなる。
それを藤司も分かっているのだろう。怒り返すことはなかった。
「はい。分かりました」
ただ困ったような声音で、藤司は頷くだけだった。