94 女の子になって生きていく?学校は?
大わらわだったピクニックを終え、剣奈たちは幽世から帰還した。みんな汗だくだった。剣奈は水垢離で体が冷えているだろう。そこで仲良くみんなでお風呂に入ることにした。
剣奈は大好きな 二人に洗ってもらえて大喜びだった。千剣破と千鶴は剣奈の身体が完全に女の子であることを確認した。
夕食はキスの天ぷらだった。お腹がペコペコだった剣奈は大喜びで平らげた。
夕食の後はみんなで紅茶を飲むことにした。ケーキは剣奈の大好物、宝塚ホテルのミルフィーユである。剣奈はミルフィーユの皮を一枚一枚はがしては、幸せそうな顔でもぐもぐした。
千剣破が突然口を開いたのはそんな時であった。
「剣奈、あなたは女の子になりなさい」
「えー。ボク男の子だよ?」
剣奈はミルフィーユを口に含んだまま笑顔で切り返した。いきなり何を言うんだろう?母の心をはかりかねて剣奈は少しだけ訝しんだ。
「剣奈、あなたは選ばれたヒーローなんでしょ?来くんと勇者パーティーなんでしょ?一緒にいるためには女の子の身体じゃないとダメなんでしょ?」
「そうだけどぉ」
「じゃあ、お母さんが代わりに勇者やってあげよっか?剣奈は剣人にもどってお母さんを応援してくれる?」
「ダメ、ボクが選ばれたんだよ。誰も代わりはできないんだよ。ボクしかダメなんだよ。ヒーローに選ばれたのはボクなんだよ」
千鶴がにこやかに口を開いた。
「そうやね。剣奈はヒーローや。むっちゃかっこよかったわ。おばあちゃん、剣奈見てほれぼれしたわ。歌劇見てるみたいやったわ。ほんま素敵やった」
「にひひ。でしょでしょ。もっとお母さんに言ってあげてよ。闘うのは、お母さんじゃなくてボクなんだって」
千剣破は食事の準備をしながら千鶴にあらかじめ説明していた。剣人が招かれて神隠しに会い、男の子の身体は死んでしまっているかもしれないこと。神様に召された剣人は新たに女の子の身体を与えられた可能性が高いこと。現世の男の子の身体はやがて朽ちていき、徐々に女の子の身体に置き換わる可能性が高いこと。
剣人がすでに死んでいるかもしれない!恐ろしいことを言う娘に千鶴は反論しようと口を開き、閉じた。
千鶴は剣奈の巫女舞を思い浮かべた。人とは思えぬ神聖さだった。神に召されて愛でられている。そう考えるならば説得力があった。納得はしたくなかったが。
千剣破は考えた。剣奈にもとの男の子の身体がすでに死んでいるとは言えないと。たとえ可能性だったとしても。
剣人の身体が朽ちるなら、そのうち身が腐ってボロボロ崩れ落ちていくかもしれない。剣奈をそんな目にあわせたくなかった。
剣人ワールドのストーリーにあわせて、剣奈が自分で女の子の身体を選んだことにしたかったのである。
来国光から女性でないと地脈を浄化できないと初めて聞いた時に千剣破は思った。剣奈の代わりに自分の身を捧げようと。あるいは警察に頼んで邪気退治をやってもらおうとも考えた。
しかしすぐにそれは無理だと悟った。岡山の訓練で剣奈の動きを見て自分にはとうてい出来ないと思い知らされた。
そして岡山の闘いの話である。邪気退治で落ち武者に鬼?そんなとんでもない相手に剣奈が勝った?
はじめは危ないと思った。ますます誰かに頼りたいと思った。けれど誰に?警察でも無理では?そもそも銃が効く相手?
そして今日、幽世での訓練と塩尾寺断層の闘いを目の当たりにして確信に変わった。
剣奈以外にはできないと。剣奈はすさまじかった。ほかの誰にあんな動きができる?
剣奈は輝く針を飛ばした。オーラで刀身を伸ばした。獰猛そうな黒犬をあっというまにやっつけた。
やることなすこと滅茶苦茶だった。アニメや映画を見てるとしか思えなかった。他の人にできる?いやいやいやいや。
トドメは剣奈の披露した巫女舞である。あれこそ無理。誰にもできない。剣奈しか無理。
あの神聖さ、静謐さ、神秘的で神がかりな舞。人には無理。剣奈は確かに神様に選ばれたのだ。畏れ多いことながら、そうとしか思えなかった。
闘いにしても舞にしても、もはや他の誰かが変われるとは思えなくなっていた。
そうであるなら、剣奈しかできないのであれば、私も親として覚悟を決めるしかない。剣奈に女の子を選んでもらうしかない。そうするためにはどうすれば。千剣破に考えが舞い降りた。
「剣奈。お母さんね、前、女の子だったら危なくて一人旅させられないって言ったでしょ?あれ、取り消すわ。剣奈すごく強いもの。十分一人で旅ができるわ。あ、でも女の子の時じゃないと力を出せないんでしょ?そしたらむしろ男の子のほうが危ないんじゃないかしら。だってダムで遭難して出られなくなってたでしょ?野犬の群れに囲まれたら来くんの力無しでやっつけれる?不良たちに囲まれたらちゃんと逃げれる?」
剣奈は悩んだ。顔を伏せ、目を閉じて悩んでいた。そして口を開いた。
「わかったよ。ボクが選ばれたんだから仕方ない。クニちゃの力と神様のお力を受け入れるためには女の子の身体じゃないとダメなんだ。巫女舞で地脈を正すのも女の子じゃないとダメなんだ。ボクには選ばれた責任と、果たすべき使命があるんだ。わかったよ。ボク女の子になるよ。あ、でも、、また「おんな、おんな」ってからかわれるのはいやかも」
「その事について、お母さんずっと考えたんだけどね、学校変えようと思うの。はじめはお祖母ちゃんとお母さんの母校、ここの小林聖母と思ったんだけど、あそこはキリスト教系なの。それはそれで素晴らしいのだけれど、剣奈は日本の神様系でしょ?だからちょっと合わないかもって思って」
「確かに。ボク、たぶん何柱かの神様にご加護いただいたと思う。岡山ではいきなりお腹掴まれちゃって、異世界に招かれちゃたし。今日も巫女舞の後お腹をキュッと掴まれるいたずらされちゃったし。でもね、その後、疲れがスーッっと吹っ飛んで、身体がすごく楽になったんだ。だからご加護いただいたんじゃないかと」
あの時の色っぽい声はそういうことだったのか。いきなりの嬌声に何事かと驚いた千剣破だったが、今の話を聞いて腑に落ちた。
あれは神様のご厚意。ご加護を頂いたのだと。千剣破はそっと心でため息を吐きながら続けた。
「だからね。日本の神様信仰を受け入れてくれる所が良いと思うのよ。学修院がいいかと思ったけど、あそこ統廃合で大学が男女共学になったの。中高も共学になるかもって思って。剣奈が女の子の生き方を学ぶには女子校がいいと思うのよ」
「ボク、共学でも全然かまわないよ?」
「例えばそれよ。「ボクッ娘」っていうジャンルは確かにあるんだけど、リアルでそれをしちゃうと男子にからかわれるかも。女子だけだと全然受け入れられるんだけどね。剣奈、からかわれるのは嫌よね?」
「絶対ヤダ!」
「でしょう?そう思って探しなおしたらね、家から近いところにいい学校があったのよ。西荻。近いでしょ?西荻窪に中高一貫の良い女子校があるのよ。西荻女子中学・高等学校っていうの。そこの創設者さんは地理学者さんなの。たくさん地図を作った方なのよ?剣奈旅行好きでしょ?冒険好きでしょ?地図読むの好きでしょ?ぴったりだと思ったの」
「うん、ボク、地図みるの大好き。これからクニちゃと日本全国を旅するつもりだし、地図の偉い先生が創った学校だったらボク、行きたいかも」
「うんうん。それでね、そこの教育方針を調べてみたんだけどね、「社会に貢献する自立した女性の育成」って書いてあったの。剣奈って、邪気を祓って地脈を正して、社会に大貢献するじゃない。剣奈にぴったりだと思ったのよ」
「ほんとだ。ボクにぴったりだ」
「ただね、私立だからお受験しないといけないの。まあ学修院もそうなんだけどね。今まだ小学校三年生でしょ。十分間に合うと思って。もちろんお母さんも教えるし、竜岡門大学出のお父さんの血をひいてる剣奈だもの。すっごく賢いと思うのよ。だから何とかなるんじゃないかしらって。もちろん受験は縁のものだから、ほかの学校も視野に入れつつだけどね。よさげな女子校って日本の神様以外の宗教系多いのよね。あとあんまり難関校すぎちゃうと、剣奈が冒険する時間がなくなっちゃうんじゃないかって思もってね」
「うーん。よくわかんないけど、学校はお母さんにまかせるよ。ボク、クニちゃと冒険を続けられたらそれでいいし」
「西荻女子は中高一貫なの。優秀だけどおおらかな学校みたいよ。入学出来たら六年間は学校がお休みの時は冒険できると思うわ。一緒に頑張ってみない?」
「うん、わかった!そうするよ」
剣奈はついに女の子の人生を自分で選んだ。千剣破はほっとした。
千剣破は剣奈が朽ちる自分の身体を見たり、望まないのに胸が膨らんでショックを受ける姿を見るのが嫌だった。
剣奈と来国光との邪気討伐の使命が避けられないものであるならば、剣奈がすでに巫女として神様に選ばれているのであれば、女の子としての人生を堂々と歩むのが一番良いと思った。剣奈が自分でそれを選んでくれて良かった。千剣破は大きな肩の荷を下ろせた気がした。