88 幽世でお茶会 風に吹かれて
「あ、お母さん、キャンプセットまだある?」
「ああ。捨ててへんで。お庭でお茶しながら話す?でもご近所さんにお聞かせするお話でもないやろ?」
「うふふ。任せて」
「お母さん、クニちゃ連れてきたよ」
「はいはい。いい子ね。連れてきてもらって悪いんだけど、三十分から一時間ほど部屋でのんびりしてもらっていい?みんなで異世界ティーパーティーしながら話さない?楽しそうでしょ?」
「うわぁ。いいねいいね。ボク、サンドイッチ食べたい」
「ええいいわよ。準備しましょうね。お部屋帰ってらっしゃい。準備できたら呼ぶから」
「はーい」
「おやまあ。異世界お茶会とはね。一体何のことやら」
「お母さんには全部話すわ。今はお茶会準備を一緒にしましょ?」
「はいはい。じゃあ私がサンドイッチ作るから、千剣破はキャンプセット用意してきてもらっていい?キャンプセットの場所変わってないけどわかる?」
「ええ。蔵を入ってすぐ右のとこ?」
「ええ。ええ。その通りよ」
千剣破はダイニングのカウンターの引き出しから蔵の南京錠の鍵を取り出して庭に向かった。
カチャ。蔵を開けるとひんやりとした湿っぽいにおいがした。千剣破はブルーシート、レジャーシート、キャンプチェア、折り畳みウッドテーブル、インスタントバイザーシェードなどのキャンプ用品を次々と蔵から出してリビングに運んだ。
スクリーンハウスにしようとも考えた。しかしハウスの中だと開放感がない。せっかく幽世に行くのだ。幽世の風景を楽しみながらのお茶会にしたい。そこで虫よけスプレーとアロマキャンドル、そして蚊取り線香で対応することにした。
「お母さん、キャンプセットの用意できたわ。日よけにシェードはするけれど、野外なので日焼け止めしておいた方がいいかもしれないわね。あと帽子も」
「わかったわ。さてと。サンドイッチは作り終わった。あとはバスケットにパッキングしていこうかね。サンドイッチに食器、お湯とティーバッグ、あとはデザートにメロンでも入れよかね」
キャンプセットとバスケットの用意が整った。千剣破はそれらをブルーシートに包んだ。手際よくお外でキャンプ、野外パーティーの準備を終えた二人は洗面所で手を洗い、それぞれの部屋のドレッサーの前に腰かけた。野外用のお化粧と身づくろいをするためである。野外パーティーは大好きだが紫外線は大敵である。
「剣奈用意できたわよ。降りてらっしゃい。靴ももっていらっしゃい。忘れ物しないようにね。」
「はーい」
「お母さん、剣奈の肩を掴んでね。何があっても離さないようにしてね。あ、でもやっぱり剣奈、あなたがお母さんとお祖母ちゃんをしっかり捕まえてて?私がキャンプセット握っとくから。来くん、それで大丈夫かしら?」
『うむ。大丈夫じゃろ』
「え?どっから声が?」
「お母さん、全部話すから。いまは剣奈の方を向いてしっかり手を握ってて。じゃあ剣奈お願い」
「ちょっとだけ手を離すけど、呪文の時にはみんなをしっかり掴むから安心してね。あ、ごめん、お手々洗ってお口ゆすいでくる」
「そうね私たちも改めてお清めした方がいいわね。お母さん、洗面所で手を洗って口をすすいできましょ」
全員のお清めが終わり、三人はリビングに再集合した。剣奈はいったん二人に離れてもらうようお願いした。
剣奈は北東南西の順に深く頭を下げた。最後に宝塚神社の方角を向いた。ご挨拶のお辞儀の後、深いお辞儀を二度繰り返した。剣奈は二回柏手をうって手を合わせ直した。そして瞳を閉じて軽く頭を下げて黙とうを行った。場の空気が清らかに清められていくようだった。
瞳を開けた剣奈は母、そして祖母と手をつないだ。そして祝詞の奏上をはじめた。
掛けまくも綾に畏き
天土に神鎮り坐す
最も尊き 大神達の大前に
慎み敬い 恐み恐み白さく
今し大前に参集侍れる
剣奈と来国光と千剣破と千鶴
幽世に送りたまへと
拝み奉るをば
平けく安けく
聞こしめし諾ひ給へと
白すことを聞こしめせと
恐み恐み白す
室内だというのにどこからか風が吹いた。剣奈、千剣破、千鶴の三人の体が淡い光に包まれた。三人は静かにリビングの風に溶けた。次の瞬間、リビングには誰も残っていなかった。