87 強き祖母―二つの秘密と信頼の沈黙
朝食を終え、珈琲のドリップを済ませた千剣破は千鶴に話しかけた。
「お母さん、大事な話があるの」
「まあ、何?」
「あのね、今から話すことは嘘でも冗談でもなく、まじめな話なの」
「まぁまぁ。深刻やね。ひょっとして実は剣人は女の子やったりとか?」
「えっ?」
千剣破は衝撃を受けた。千鶴は剣人のおむつを替えてきたし、湯あみもしてくれた。剣人が男の子だったのはよく知っているはず。それなのになぜ。
「いえね。昨日戻った時、あれ?って思ったんよ。なんか可愛いくなってもてってね。昨日お風呂上りに身体を拭いてあげたんよ。むっちゃ柔らかいみずみずしい身体やったわ。ほんでね、大事なところにワレメちゃんあったんよ。え?って思もたわ。びっくりしたわ。ほんでね、インターネット調べたんよ。ほしたらアンドロゲンのいたずらで生まれてきた時に男の子やと間違われる女の子もおるみたいやね。びっくりしたけど、そんなこともあんねんなぁって。そうなん?」
千剣破は驚愕した。母の観察力、調査力、柔軟な理解力、そして胆力に心から驚いた。母には全て打ち明けよう。そう決心した。
珈琲カップを並べ、みんなで珈琲を飲みはじめた時、千剣破は口を開いた。
「お母さん、そして剣人も聞いて。人には第二次性徴の時期があるの。女の子が女の子らしくなる時期ね。剣人ももうすぐ九歳でしょ。ちょうど第二次性徴がそろそろ始まる歳なの。それでね、第二次性徴期が始まるとね、たぶん剣人、ううん、実は剣人には別の名前があるの。「剣奈」っていう名前なんだけどね、剣奈の胸が膨らみ始めると思うの」
「え?お母さん、クニちゃに隠し部屋に帰ってもらったら、ボク男の子にもどるんだよ?」
千剣破は苦悩した。剣人の身体はもう死んでいて、徐々に剣奈の身体に入れ替わっていく、そんな話はできれば剣人にしたくなかった。そこで別の方面から話を持っていくことにした。
「剣奈、聞いて。剣奈言ったわよね。来くんはパーティーメンバーでいつも一緒にいるべきだと」
「うん。でもこっちの世界ではクニちゃと一緒にいたら法律違反になるんでしょ?そしたらこっちではクニちゃに隠し部屋に帰ってもらうから、ボク男の子でいられるよ?」
「そうね、来くんも交えてお話しした方がいいわね。和室に場所を変えましょうか。剣奈、来くんつれてきなさい」
「はーい」
「お母さん、驚かないでね。刀がね、しゃべるのよ」
「おや、まあ。不思議な話やね。いえね。剣人がリュックに刀を入れとるんは気ついとったんよ。剣人がお風呂に入っとーとき、お布団ひいてあげたんやけどね。そん時リュックに硬い棒が入ってるみたいでね、まあ何やろって、つい開けてみたんよ。ほしたらびっくり。刀が入ってるやないの。剣人に問いただそかと思たんやけどね、千剣破が来るんやったら一緒に話した方がええやろ思てね」
「そうだったのね」
「もし千剣破が知らんかったらどないしよ思てたんやけど、千剣破やったらなんとかするとかするやろ思てね」
「信じてくれてありがとう。お母さん」
「ええんよ。あとね、続きがあるんよ。剣人の部屋から話声がするんよ。剣人の声だけやったから、この子独り言癖があるんかいなって、そう思たんやけどね。独り言にしては会話っぽいんよ。何ちゅうか、話と話の間とか、声のリズムがね。ひょっとすると心のお医者さんが必要かと思たけど、それやったら千剣破が一人旅させるはずもないしね。いろいろ昨日から考えることはあったんよ」
さすが千剣破の母である。手ごわい。図太い。まさか全部ばれてて、そのうえで知らんぷりしてたとは。毅き祖母である。