82 一宮吉備津彦神社に消えた少女
来国光が剣奈に促した行き先は吉備津彦神社である。神社への道のりは以下になる。備前一宮駅を降りると正面にT字路があるのでそれを右折して進む。次のT字路までたどり着いたら右に曲がって直進する。すると神社の参道に至る。
ちなみにこのT字路で左に曲がると砂川の宮瀬橋を越えてすぐのところに吉備津宮の常夜燈を見ることができる。
剣奈たちは参道を進んだ。一礼して神社の境内に入った。涼太は剣奈たちから少し離れて後をつけた。涼太はバレていないつもりだったが剣奈たちには丸わかりだった。害はなさそうなので剣奈は男の存在をすっかりまるっと意識の外に放り出した。涼太、無念。
「わぁ カメさんだ、カメさんがいる」
参道には神池があり、向かって右側の鶴島と左側の亀島にそれぞれ小さなお社があった。
剣奈は鶴島と亀島のお社でそれぞれ略式のご挨拶をした。これからご挨拶させていただきますと丁寧なお辞儀をした。つづけて地面と身体が平行になるまで深く頭を下げての二度深く頭を下げた。
手をずらして二回拍手を打った後、手を押し合わせて合掌した。「お参りできることをうれしく思います」と、心でご挨拶をした。
再び深く頭を下げて一礼をし、最後に失礼しますと軽めのお辞儀をした。そうしてご神前を離れた。
参拝の後、剣奈は鶴島の高浜虚子らの句碑を興味深く眺めた。亀島の奥では小島の不思議な形、円状に石が並べられた環状の古代祭祀場をキョトンと眺めた。
涼太はそんな剣奈の様子を見てうんうんと頷いた。
吉備津彦神社は吉備の中山の麓に鎮座する。ご祭神は桃太郎のモデルとしても名高い大吉備津日子命である。吉備津彦命のお屋敷跡にご社殿が建てられたのが吉備津彦神社の始まりとされている。
夏至の日の出では正面鳥居の真正面から太陽が昇り、その光が神殿の御鏡に入る。このことから「朝日の宮」とも呼ばれる。
夏至や冬至の日の太陽を神聖視し、崇めて神殿を設置するのは古今東西よく見られる。
紀元前約二千五百年に設置されたイギリスのストーンヘンジでは夏至の日の出と冬至の日の入りが石柱の門を通るように配置されている。
夏至の日の吉津彦神社の御鏡はとても神々しく美しく輝くであろう。
剣奈はお清めの後、本殿ご神殿に進み出た。ご挨拶のお辞儀の後、深い辞儀を二度繰り返した。そして二回柏手をうち、手を合わせ直して合掌した。剣奈は瞳を閉じて祝詞の奏上を始めた。
掛けまくも綾に畏き
吉備津彦の神社の
大前に
恐み恐み
白さく
大神の高き尊き
大神威を
崇め尊び奉りて
今日の良日に拝み奉る状を
見そはなし給ひて
大神の大御幸を以て
諸々の禍事無く
夜の守 日の守に
恵み幸へ給へと
恐み恐み
白す
剣奈は戦国武者や鬼との苦闘を思い描いていた。闘いの中で来国光は剣気欠乏により意識を失った。鬼に必殺技を叩き潰されて剣奈らには打つ手がなくなってしまった。
地脈の通じる鬼山と勝﨏での祈りの末、ようやく勝ちを掴むことができた。敗北に等しい薄氷の勝利であった。
闘いの最中、力を貸してくださった暖かな安らぎを思い出し、剣奈は心から感謝を捧げた。
祝詞奏上の後、剣奈は手をずらしてて二拍手を打ち、深く二度お辞儀を繰り返した。最後に一礼して感謝の祈りを終えた。
その時である。一陣の風が吹いた。樹齢千年を超える大杉の葉が揺れた。来国光よりも年嵩のご神木である。
そして同時に御鏡が眩く輝いた。光は剣奈の正面を照らし、剣奈を温かく包みこんだ。剣奈の身体にご神気が満ち満ちた。
剣奈に入りこんだご神気は丹田にあつまった。そして剣奈の子宮を内側から優しくそっと撫でた。
「あん♡」
予想外の突然の感覚に剣奈は思わず身を震わせて瞳を固く閉じた。
遠くで見ていた涼太は参拝する剣奈の清らさに見惚れていた。折り目正しい作法で流れるように神様に参拝し、高く朗々とした可憐な声で少女は祝詞をささげていた。神秘的な雰囲気だった。
突然風が吹いた。少女が光り輝いたと思うと、少女の口から嬌声がもれた。そして少女の身体からは清冽な色気が噴き出した。
涼太のナニカは突然咆哮を上げた。いきなりの暴発に涼太は狼狽して手でナニカを押さえた。突き出したナニカを隠すように腰を曲げて後ろを向いた。
「美少女萌えキターー!」
涼太はわけの分からない雄叫びを心で叫んでいた。
涼太は再び少女の方を向いた。神殿の方に身体を向けた。
しかしそこに少女はいなかった。目の前には清らかで誰もいない空間が広がるだけであった。
「あれ?吾輩の天使どのは?」
涼太は驚き、キョロキョロと辺りを見回した。しかしさっきまでいたはずの美少女の姿はどこにも見当たらなかったのである。涼太は目の前で起きたことが理解できずしばらく固まっていた。そしてさっき見た虚子の句を思い出して呟いた。
「遠山に日の当りたる枯野かな……
あの少女は……
神の使いだったのか……」
誰もいなくなった神社で涼太は呆然と中山を眺め続けていた。
【第四章 桃太郎の山 完】