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81 桃太郎線にて ストーカー? 見守り? (マップあり)



『さて、参ろうかの』

「うん!」

 

 剣奈は元気よく頷いた。いそいそと荷物を整理し、チェックアウトのためにフロントデスクに向かった。

 

「チェックアウトお願いします」

「はい。ありがとうございました」

 

 フロントデスクの女性は訝しんだ。宿泊リストの名前は「久志本 剣人」である。明らかに男子名である。性別も男とある。なのに何故だろう?妙に色っぽい。

 

「楽しんでいただけましたか?」

「うん!ボク、ここの朝ごはん大好き!」

 

 ボク?やはり男の子?そか、これくらいの子って、ほんとに性別わからない時あるわね。悔しいけどちょっと見とれちゃう。

 はっ!こ、これがショタコンというやつ?いえ、でもどうして?ショタコンというより百合の気分に。

 だ、だめよ、ダメダメ。変な扉を開いちゃいけないわ。しかも児童趣味(ぺどふぇりあ)なんて最悪。犯罪じゃない。

 私は自制心あるからいいけど、この子は危ないかも。変な大人に狙われなきゃいいんだけど。


「今日はどこへ行くの?」

「んーっとね、ちょっとお出かけして、それからお母さんと待ち合わせかな」

「そう。観光楽しんでね?追加のお支払いはありません。ご滞在ありがとうございました」

「はーい。ありがとうございました。行ってきまーす」


 ホッ。親御さんと待ち合わせなのね。なら大丈夫かしら。それにしてもこんな可愛い子に一人旅させるなんて、ちょっと常識はずれじゃないかしら。

 あ、でも一昨日、この子のお母さん来てたわね。すぐに帰ったけど、やっぱり心配なんだわ。しっかりしたお母さんに見えたから、きっと家の方針なのね。この子も礼儀正しいし。

 でも我が家では無理かしら。ちょっと危なっかしいわね。あの子が変なことに巻き込まれませんように。いい旅行の思い出ができますように。


 しかしフロントのお姉さんの心配は的中する。チェックアウトする剣奈を追いかける一人の男がいた。笹本涼太、大学生である。

 この男、昨日ホテルの朝食ビュッフェで剣奈を見かけて一目惚れしてしまったのである。昨日は一日中剣奈の顔と姿が頭から離れなかった。岡山城を見上げながらぼーっと剣奈のことを思い続けていたのである。

 涼太は今朝の朝食ビュッフェで剣奈を待ち伏せしていた。剣奈が食堂に入ってくるのを見てさりげなく席を移動した。

 可愛い顔に似ず豪快に朝食を頬張る剣奈の姿をチラチラ見ながら涼太はしっかり目と心に剣奈の姿を焼き付けた。そして剣奈がチェックアウトする気配を目ざとく察知して慌てて自分の部屋に戻り荷物をかかえてフロントで待ち伏せしていたのである。


『クニちゃ、どこ行くの?』


 さすがに外では念話を使う剣奈である。

 

『うむ。鬼山の闘いでお世話になったと思われるお方の縁の(やしろ)が備前にあっての』

「そうなんだ」


 ほどなく剣奈は岡山駅十番ホームにいた。津山線と同じプラットホームなので慣れたものである。亮太は剣奈に気づかれないように少し距離を置いてついてきていた。

 

 剣奈よ、君は心眼、盲視を会得していたのではなかったのかね?気を抜くとあまりに隙だらけではないかい?

 

 今回剣奈が買った駅弁は「岡山名物大集合」である。岡山南高校の皆さんのアイデアが詰まった逸品である。

 お弁当は細かく九つに仕切られており、岡山の各地の名産品が色とりどりに並べられられている。

 中身は、厚焼卵、カツ、ゴボウ、エビのかき揚げ、祭り寿司、チキンスパゲッティ、焼肉、鰆、えび飯、きび団子である。

 見ているだけで楽しめる豪華なお弁当なのだ。


「にひひ。お昼まで待ちきれないよ。たくさんおかずが入っていて美味しそう!」


 剣奈、朝食ビュッフェで山ほど食べたというのにこれである。若いというのはうらやましいものである。


 剣奈が乗ろうとしているのは吉備線、別名桃太郎線である。津山線と同じく非電化路線である。

 桃太郎線の列車はオレンジ味の強い赤である。赤橙に近い色をしている。運行車両はキハ40とキハ47であり剣奈が乗ったのはキハ47である。

 剣奈から少し離れて涼太が座っていた。もちろん来国光は気づいている。


『剣奈、後をつけられておるぞ』


 剣奈は瞬時に周りの気配をよんだ。涼太はいた。剣奈から少し離れて。剣奈は大学生くらいの男を斜め前方に察知した。

 剣奈は遠山の目付で茫洋と見ているので涼太は見られていることに気づかない。しかし剣奈の雰囲気が先ほどの隙だらけの様子とは異なり、近づきがたい雰囲気を纏ったことを感じていた。


『敵?』 

『いや、それがのぉ、剣奈を守らねばなどという思念が伝わってくる』

『味方?黒震獣討伐で共闘できる?』

『いや、無理じゃろ』


 涼太は義侠心に燃えていた。たまたまドンピシャストライクの少女に出会った。運命の出会いだと涼太は思った。

 食堂で見惚れつつナイト気分で彼女を見守っていた。そして涼太は気づいてしまった。その娘は無防備で隙だらけだったのである。

 

「危ない!拙者が守らねばあの娘は危なっかしすぎるでござる。不良どもに囲まれたならば拙者が身を挺してでも」


 などと一人で盛り上がり、後をつけてきたのである。はたから見たら「変態ロリコンストーカーはお前だ!」である。


 涼太は列車で剣奈の雰囲気が近寄りたいものに変わったのを見て、


「うむ。多少の警戒心は持っているようであるな。感心、感心」


 と、彼女の別の一面を見つけて喜んでいた。なぜか上から目線である。


 さて桃太郎線で岡山駅から備前一宮駅までは十五分ほどの旅路である。


◆剣奈 岡山県移動マップ 

挿絵(By みてみん)


 

 備前一宮駅の歴史は古い。開設は一九〇四年(明治三十七年)、設立時は中国鉄道(現中鉄バス)の駅だった。その後国鉄所有となり、現在はJR西日本所有である。

 備前一宮駅は設立当時は二段重ねが特徴的な古代中国風の錣葺屋根(しころぶきやね)に、三角形の形状をした西洋建築風の方杖架構(ほおづえかこう)の趣のある風情だった。

 この風情ある初代駅舎は惜しまれつつ二〇〇八年に現代風に建て替えられた。老朽化のためである。旧駅舎にあった石舟古墳の石棺の蓋だけはさりげなくそのまま置かれている。

 石蓋は石舟古墳のものである。この古墳は七世紀はじめの古墳時代終末期ごろの横穴式石室古墳と伝わる。そして石舟古墳は桃太郎が倒した鬼である温羅の墓と伝承されているのである。


『鬼の気配がするのう。人の思念の積み重なりが成せる技かのう?』

 

 駅ホームの石棺を眺めつつ来国光がポツリとつぶやいた。

 剣奈は来国光のつぶやきを心で聞きつつ、石棺を見つめ続けていた。

 

 心には鬼との激闘が思い出されていた。剛腕を振るい剣奈の攻撃をいとも容易く叩き潰した鬼。その鬼とつながる温羅ゆかりの棺である。

 

「ボク、よく勝てたなぁ」


 安堵の微笑みをもらす剣奈である。

 

 うつむき伏せられた目元、震える母親譲りの長い睫毛。

 

 闘いの苦い記憶を思い出す剣奈は、今にも消えそうで儚げに見えた。思わず庇護したくなる佇まいであった。

 そこから一転、花ほころぶような優しげな微笑がこぼれたのである。


「いい、尊い」


 どこかでポツリとつぶやく声が聞こえた。


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