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74 地脈への祈り 穢れの引き受け

「クニちゃ?クニちゃーーーっ!」

 

 魂の叫びだった。剣奈は必死に来国光に呼びかけた。

 剣奈からの想いは、結紐を通じて来国光に届いた。来国光は気を失っていた。切岸下での訓練時、剣奈による飛針の剣気消費は僅かだった。その記憶が来国光に油断を招いた。

 来国光は剣気の残量に気を使うつもりだったのだ。しかし急速に上達する剣奈に来国光は見惚れた。技の上達に剣奈と一緒になって胸を高鳴らせた。

 飛針の上達、すなわち飛針の射出速度と到達距離が延びるにしたがって、飛針に込められる剣気と射出に消費される剣気の量は増えた。上達ごとに一回に消費される剣気の量は増えていった。来国光が思いの外、剣奈が剣気を消費していることに気づいた時は遅かった。

 来国光は剣奈の白黄の飛針の上達に高揚する心の片隅で妙な飢餓感を感じた。おかしい。剣気の残量がわずかになっている。来国光がそう感じた次の瞬間、来国光の意識は闇に消えた。

 

 声が聞こえた。闇の中に一筋の光が差した気がした。光は白黄に輝いていた。

 

「クニちゃ、クニちゃ、クニちゃーーーっ!」

 

 剣奈の叫び声が聞こえてきた。あまりに切なく悲愴な声だった。来国光は少なくなった剣気を集め、言葉を発した。

 

『うるさいのう。剣奈の甲高い声は頭に響くわ』

「ク、クニちゃーーーっ!」

 

 剣奈は涙まみれだった。一体どれほど叫び続けていたのか。剣奈は必死の形相だった。来国光の声を聞いた剣奈は安心して膝を落とし、尻もちをついて乙女座りのままガックリと頭を垂れた。

 

「っかったー」

 

 剣奈の安堵の声が来国光に聞こえた。来国光は思った。剣奈が愛おしかった。手足があれば、剣奈を抱きしめてやれるのに。

 来国光は刀身から力が失せ、意識が遠くなりそうになりながらも、剣気の回復に懸命に努めた。そして感じた。なんだろう。剣気の回復が早い気がする。ほんの僅か。普段であれば気が付かないほどの微少な差。しかし枯渇状態の来国光は感じた。何かがおかしいと。

 

『剣奈、通常ではない気を感じる。この場に何かあるのか?剣奈の祈りが何かに通じたのか?』

 

 鬼山(三峰山)は柵原カルデラ北北西部に位置し、流紋岩質溶岩で形成されている。鬼山の詳細な形成年代は不明であるが、八十Ma(Ma=Mega annum, 百万年)以前、白亜紀の形成と考えられている。

 白亜紀は中生代最後の年代であり、恐竜が闊歩していた時代である。ちなみに日本は当時ユーラシア大陸の東端であった。

 

 鬼山を構成する岩石は流紋岩が多い。流紋岩は二酸化ケイ素(SiO2)を多く含む非常に粘性の高いマグマをもとに形成されやすい岩石である。

 粘性の高いマグマは流れにくい。そのタイプのマグマは地表に出ても流れることなく盛り上がることが多い。盛り上がったマグマはこんもりとした溶岩の塊(溶岩ドーム)を形成することがある。地表に盛り上がった溶岩はそのまま冷えて固まる。そしてそのこんもりとした盛り上がりが固定化される。

 鬼山はこうして形成された溶岩ドームだと考えられている。

 

 地脈は脈動する地球星体(せいたい)エネルギーの流れである。地球の中心にある膨大な地球星体エネルギー、すなわち地脈エネルギーは地表に向けて上昇し、マントル対流を生む。

 地表近くに流動した豊富な地脈エネルギーはマグマとなり、火山活動を生む。

 マグマの通り道から直接地表に押し出された溶岩ドームもまた、地脈エネルギーにに満ちている。

 

 来国光の感じ取った常ならざる気は、まさにこの地に満ちている地脈エネルギーだったのである。

 

『剣奈、この地に神聖な何かを感じる。この地はあまたの闘いをへて、おびただしい恨みつらみ、悪意、死にさらされておるはずなのじゃが……』

「神様にお祈りする?ボク、巫女なんでしょ?クニちゃを呼び覚ましてくださった神様がいらっしゃてるのかも」

『そうじゃな。ひょっとするとあのまま黄泉の国に招かれておったやもしれぬ。この地の神に祈りと感謝をささげて加護を祈ろう。そして我らもこの地に巣食う苦難を引き受け、浄化し、この地を守るのじゃ』

「うん!」

『それでは禊を行おう。新しい水と布によりて山頂の端で禊を行おうぞ』

「はい!」

 

 来国光は剣奈の両手を清め、来国光を清め、さらに簡略ながら剣奈に水垢離を行うことを促した。

 剣奈はペットボトルの水を両手にかけた。つづけて来国光にもかけた。来国光に土がついていないのを確認したうえで刀身を柔らかい布でそっと拭った。剣奈はさらに地面に両膝をついてた。服を脱いで両肩、頭から水をかけた。上半身裸身となった剣奈の肌にキラキラとした水が流れ落ちていった。水垢離を終えた剣奈はタオルで自らを拭い、新しい服に着替えた。

 

「うへへ、なんだか気持ちいいね。さっぱりしたかも」

『うむ。すがすがしい気持ちになったであろう。身も心も清まったであろう』

「うん」

『それでは剣奈よ、山頂広場の中央に行くがよい。そこで天地に深く感謝をささげるのじゃ。北東南西の順に向きを変え、感謝とともに深く頭を下げよ。四方拝(しほうはい)を行うのじゃ』

「はい!」


 剣奈は山頂広場の中央で天を向き黙とうした。続いて両ひざをついて頭を深く下げて大地に感謝の意を伝えるお辞儀を行った。剣奈は立ち上がり来国光に指示された手順で四方拝を行っていった。

 

『ワシを天にかざして黙とうせよ。そしてゆるやかに先ほどと同じ順に二度舞うのじゃ。最後に北に向いてワシを両手で胸に抱えよ。そして両ひざを大地におろすがよい』

「はい!」

『ワシを納刀し、深く頭を下げよ』

「はい!」

『追唱せよ』


『「()けまくも(かしこ)

此の里に神鎮(かむしずま)()

産土(うぶすな)の大神達の大前(おほまえ)

(かしこ)(かしこ)(まお)さく

大神(おほかみ)の高き尊き大神威(おほみいつ)

崇め尊び(まつ)りて、

今日の良日に拝み(まつ)(さま)

見そはなし給ひて、

大神(おほかみ)大御幸(おほみさち)を以て、

諸々の禍事(まがごと)無く、

夜の守 日の守に

恵み(さきは)へ給へと

(かしこ)(かしこ)(まお)す』」


『「賊寇之中過度我身ぞくこうしちゅうかどがしん

毒魔之中過度我身どくましちゅうかどがしん

毒氣之中過度我身どくけしちゅうかどがしん

危厄之中過度我身きやくしちゅうかどがしん

五急六害之中過度我身ごきゅうろくがいしちゅうかどがしん

五兵六舌之中過度我身ごへいろくぜつしちゅうかどがしん

厭魅之中過度我身えんみしちゅうかどがしん

萬病除癒(まんびょうじょゆ)

所欲随心(しょよくずいしん)

急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう』」


 剣奈は神様への祝詞の奏上を終えた。ほどなく剣奈と来国光を暖かな光が包み、二人にやさしく同化していった。

 剣奈は身体の疲労が取れて力がみなぎる気がした。不思議なことに来国光の剣気もジワジワと満たされていった。

 

 この地の神様が、クニちゃにボクの声を届かせてくれた。クニちゃとボクをやさしく包んでくれた。

 恩返ししなきゃ!絶対にここの地脈に巣食う邪気をやっつける!


 剣奈は神様への感謝を心に抱きながら深く邪気討伐とこの地の地脈浄化を決意するのだった。

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