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73 届く敵の黒矢 届かぬ剣奈の飛針 vs弓兵

 剣奈は再び鬼山城の急な坂を上っていた。鬼山城の主郭がある高台に上るためである。

 古来より戦場で高所の陣立てが好まれる。高所陣には数々の利点があるからである。

 まず視界が広く敵の動きを見極めやすい。矢や鉄砲は高所から照準を合わせやすく、かつ射程距離が伸びる。防衛でも格段に有利になる。

 防衛に優れた陣立てとして臥龍の陣が有名である。臥龍の陣の肝の一つは高所への陣立てである。

 剣奈は鬼山城の主郭がある山頂高台にたどり着いた。黒い弓兵たちは平野部に見えた。来国光は高所から弓兵どもを一蹴できる可能性すらあると考えていた。


「クニちゃ、山のてっぺんから、しゅばばばばーって、ケントスペシャルスプラッシュを放てばいいんだね?」

『そうじゃ。万が一当たらんでも、その場合は飛針を陽動として山を駆け下り、触刃(しょくじん)の間に詰めよればよい』

「しょくじんのま?」

『剣奈の得意とする、肌が触れ合うほどの近接の間合いのことじゃよ』

「そうだね。当たんなくても、ケントスペシャルスプラッシュを……、って長いなぁ。KSスプラッシュって呼ぼ。正式名称ケントスペシャルスプラッシュ、略称KSスプラッシュ」

『面妖な音の響きの呪文じゃの。しかし術式の構築は秘伝の類じゃからの。自分にだけわかってばそれでよい』

「えっとね。ケントってのがボクの名前で、スペシャルっていうのが特別っていう意味。それでね「ケントースペシャルー」って言いながら剣気の針をつくってクニちゃに装着して力をためるの。「スプラーーシュ」っていうのはボクも意味は分かんないんだけどカッコいい必殺の言葉。この言葉を叫びつつクニちゃを振って針を飛ばすの」

『むむ。そうか。それぞれにきちんと意味のある術式なのじゃな。さすが剣奈じゃ』

「えへへ。すごいっしょ!」

『うむ。その歳で独自の術式を編み出すなど、ワシは剣奈のほかに知らぬわ』

「うふふ。さすがボク」

『む。剣奈気取られたぞ』


 シュバババババ


 来襲する黒矢。地面を蹴って黒矢を避ける剣奈である。剣奈は避けた先で剣気を取り込んで新必殺技の術式を練り始めた。


「いくよー!ん♡ ケントー、スペシャルゥー、スプラーーーシュ!」


 勢いよく来国光が振られた。針は飛んだ。勢いよく。白黄に輝きながら。白黄の残光をきらめかせながら。


「うわぁ。カッコいい」


 剣奈は跳ぶ己が白黄の飛針をほれぼれと眺めた。しかし十mほど先で飛針は溶けるように空中に霧散した。剣奈と弓兵との距離は直線距離で約四百m。剣奈の飛距離では全然届かない。いや届く届かないというレベルではない。


「あれ!ボクの針、消えちゃった。敵はあんなに遠くからボクを撃ってるのに」

 

 戦国時代において弓矢は四百m先まで届いたといわれる。しかし敵に刺さり相手にダメージを与える殺傷射程で考えると全く話は違ってくる。弓矢の殺傷距離は百mに満たないという。

 現在の弓道において近的の距離は二十八mである。遠的では六十mになる。ちなみに有名な三十三間堂の通し矢は百二十mである。せいぜいそれくらいが弓矢の殺傷距離なのである。

 

 本来であれば剣奈と弓兵の距離四百mの矢と針の撃ち合いは意味をなさない。ましてや弓兵がいるのは低地である。弓兵のいる低地から鬼山(三峰山)山頂まで高さ四十m。矢が届くはずがない。

 しかし弓兵の黒矢は剣奈に届いているのである。あまつさえ剣奈の上空から黒矢は降ってくる。矢の常識で考えるとあり得ない。しかし邪気の黒矢にとってこの距離は十分射程内なのである。

 

 剣奈は弓矢射程の常識など知らない。ただ来襲する黒矢を見てこの距離で矢は届くと断じた。空中で消えるのは己の未熟さ故だと恥じた。

 そして針を具現するために送り込む剣気の強さと量を何度も調節した。針を飛ばすために腕と刀身に込める剣気の量も何度も調節した。


「ん♡ ケントースペシャルースプラーッシュ!」

 シュ


 消える己が飛針。来襲する黒矢。


 シュババババ


「んあぁ♡ ケントースペシャルースプラーッシュ!」


 ピシュ

 シュババババ


「んああああん♡ ケー、エスゥー、スプラーッシュ!」


 交互に飛び交う剣奈の白黄の飛針と弓兵の黒矢。彼我の射程が全然違う。剣奈は繰り返すごとに針の具現と射出に込める力を強くしていった。

 剣奈の白黄の飛針は徐々に射程を伸ばしていった。射出ごとに軌道調節も修正された。射出する白黄の飛針の飛距離、最初は十m。やがて五十m、そして百m。


「んあああああん♡ ケー、エスゥー、スプラーーーシュ!」

 ピシュッ!

 

 剣奈の白黄の飛針が飛んだ。敵は弓を射ながら近づいてきた。彼我の距離は二百mを切っていた。

 そしてついに針は到達した。敵の胸に吸い込まれるように刺さった。剣奈の飛針が翔んだ軌跡は白黄色の残光を残した。神秘的な輝きだった。


「んんんん♡ スプラーシュ! スプラーッシュ! スプラーーシュ!!」


 いつの間にか剣奈は三連続で飛針を飛ばせるようになっていた。術式の呪文は射出時だけに短縮された。剣奈はそのことを自覚していない。


 ピシュッ!

 最後の弓兵が消滅した。


「はぁはぁはぁ……。クニちゃ! やったよ!」


 黒矢を避け、剣気を吸い、腕を振りつづけて剣奈は疲労困憊になっていた。息を切らし、あえぎながら剣奈は来国光に呼びかけた。


 来国光からの返事はなかった。


 剣奈は来国光との絆の結紐が細くなっているのを感じて青ざめた。

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