72 新必殺技 ケントスペシャルスプラッシュ
『さて、ではまず剣気の針を作る修行じゃ』
「はい!」
『剣気を肚に溜め、ワシに装着する心象を持つのじゃ。細く!鋭く!短く!針が如くじゃ!』
「はい!ん♡」
剣奈は丹田に剣気をため、極細の鋭い針を右手の先にイメージした。思い描いたのは毎年の予防接種である。
千剣破は毎冬、剣人を子供クリニックに連れて行き、インフルエンザの予防接種をさせた。
「男の子だから我慢できるわよね」
ジェンダー意識の高い千剣破だが、男の子のプライドをくすぐる便利な言葉として、「男の子だから」は時々使っていた。いいのか?千剣破?
剣人は「ボクは強いんだ。男の子だから注射なんかに負けないんだ」と、しっかり乗せられていた。内心はとても怖かったのだが。
覚悟を持ってのぞんだ剣人であった。しかし慣れたクリニックによる子供の予防接種は早業である。
剣人は初めはビビりながら涙目で注射器を見ていた。ところが注射針はあっという間に剣人の腕に刺され、薬液が注入されて腕から抜かれた。
極細の注射針によるあっという間の予防接種は想像していたよりもはるかに痛みはなかったのである。
剣人の心にはその極細の針を持った注射器が思い出された。
「ん♡」
剣奈は丹田から剣気を手首周辺に移動させた。イメージしたのは小さな雫。剣奈は手首外側に剣気の小さな雫があると想像した。
次は如何に細くするかである。剣奈は極細針の注射器が手に埋め込まれていると考えた。手首から手の甲に注射器の筒の部分(バレル、シリンジ、注射筒)があると想像した。そして手のひらと指の境目にある関節(MP関節、中手指節関節)あたりにプラスチックのカバー(針基、ハブ)と極細の注射針があるのをイメージした。
剣奈は液体の剣気が注射針を通って数cmほどの長さを持って細く押し出されるのを想像した。
剣気は剣奈の心象通りにいったん手首に溜まった。そして人差し指を通して来国光に細く流しこまれた。
極小の針が来国光の樋のくぼみに現れた。樋のくぼみ。凹。さすが凹マスター剣奈である。いや、今は関係ないか。
剣奈の予防接種のイメージによって細く鋭い針のイメージはすぐできた。しかもである。「痛くするためにはどうすればいい?そうだ先っぽを矢や槍の先のように三角にすればいいんだ!」と、鏃までイメージできていた。
来国光は刀身の樋に現れた鋭い鏃のついた極細の矢、いや針に感嘆していた。剣奈ならできると思っていた。しかし、こんなに短時間に、これほど細い針を具現化できるとは思っていなかったのである。しかも極小の鋭い鏃つきである。改めて来国光は剣奈の天賦の才に驚嘆した。
『剣奈、さすがじゃ!まさかこれほど瞬時に針を具現化するとはの!まこと感服したぞ!』
「にへへへへ。さすがボク」
『さて次は射出じゃ。ワシを強く振り、針が鋭く前方に飛ぶように念じるのじゃ』
「ん!んんん♡」
気をよくした剣奈は順手で来国光を握り、刃を左腰の横、やや後方に構えた。抜刀の構えに近い。
剣奈は掛け声をかけながら、勢いよく水平に振り、前方で振りを止めた。針が勢いよく飛び出していくイメージをもって。
「ケントー、スペシャルゥー、スプラァァーシュ!」
ヒュッ。針は飛んだ。勢いよく。鋭く。早く。来国光は仰天した。開いた口がふさがらなかった。いや、来国光に口はないのだが。
ともかくである。まさか、である。まさか一回で精緻な針を具現化するとは。あまつさえ一回で射出を成功させるとは。
もはや来国光は剣奈に心酔してさえいた。この娘は本当に神に選ばれたのだ。そう信じた。
剣人語のことは気にならなかった。言葉の響きなどどうでもよかった。その謎言葉で針が飛ぶのであれば、それは意味を成す術式の言葉なのである。
『剣奈、剣奈よ……』
「ん?どうしたの?クニちゃ」
『いや、行こうかの。あとは実戦じゃ』
剣気を扱いはじめて僅かの剣奈が剣気の針を飛ばすことができるだけで奇跡である。
最悪、針は当たらなくてもいいのだ。失敗してもよいのだ。事と次第によれば、牽制に使えるだけで良い。疾走しながら牽制の針を飛ばせるだけで、これまでとは雲泥の差である。
これで剣奈は弓矢射程の大遠間から、短刀が届く触刃の間への接近の間に牽制を挟むことができるようになった。飛躍的に接近までの安全性が高まったのである。
来国光は確信した。我らは勝ったと。