63 逆手持ち、順手持ち
「巨きい。クニちゃ、アイツに刃が通る?ちゃんと消えてくれるかな?」
巨大な獅子の如き黒震獣であった。それ見て、あまりの巨ききに剣奈は気後れした。
『通るとと思うぞ。外殻に覆われているわけでも無さそうじゃしの。むき身の外皮。問題なかろう』
「頑張るよ!」
『その前にひとつ助言じゃ』
「なに?」
剣奈は油断無く敵に相対しつつ、来国光の言葉に耳を傾けた。いや、心に響く声なので、耳を傾けたというのは比喩的表現でしか無いが。
それはともかく、
『剣奈がいまワシを持っておる持ち方は、逆手持ちという。逆手持ちは刃が固定しやすく、敵に当たったときに力が込めやすい。間合が近い敵を懐近くで捌きやすい。鋭く速く連続して斬撃を繰り出せる。無手体術の流れそのままに刀剣を扱える。逆手持ちによる短刀は拳が長く、強く、切れ味よくなったようなものじゃ。剣奈のように小柄で剛力がなくとも速さと手数で敵を圧倒できる。まさに剣奈が奴らを屠ったようにの』
「うんうん!」
『ところがじゃ。間合が遠い敵には欠点が露出する。逆手持ち斬撃の刃筋は拳の内側となる。射程が短いのじゃ。刃が敵に届きにくいのよ。また武器を持った相手の攻撃をいなしにくいという欠点もある』
「わかった。逆手持ちにもメリットとディメリットがあるんだね。すっごくやりやすくて、クニちゃがボクの右手の延長のようにスパスパできてた。でも言われてみと確かに遠い敵に切りつけにくい気がする」
『うむ。そこでじゃ。柄の握り方を今と逆にするのよ。順手持ちという。刀身が長い太刀や打刀なんぞはもっぱら順手持ちが普通じゃ。順手持ち斬撃の刃筋は拳の外に来る。間合が遠い敵に刃が届きやすいのよ。また上段から振りかぶり敵を両断する真っ向唐竹割りは逆手持ちではできぬ。剣奈とて上段から振り下ろす時は握りを変えておったじゃろ?』
「たしかに。上段から斬り降ろす時には持ち方変えてたね。人さし指側から刃が出るやつ」
『そうじゃ。その持ち方が順手持ちじゃ。拳の外に刀身が来る。熟練が足りぬと手首が安定せず刃筋も立たぬ。これまで剣奈は逆手持ちを主軸に闘こうてきた。取り回しやすいという短刀であるワシの特質。小柄で手足が短いが俊敏で素早く動き回れる剣奈の特質。それらを考えると正解じゃった。しかし事態に合わせた柔軟な闘い方も重要じゃ』
「そうだよね。カッコいいスーパーヒーローは小っちゃな敵と近くの敵しかやっけらんないなんてありえないもんね。大っきい敵や遠くの敵もちゃんとやっつけられないとダメだよね。どんな敵でもフレキシブルにかっこよくズドーンとやんなきゃダメだよね」
『うむ。では剣奈、持ち手を変えるが良い』
ヒュルン
シュパ
剣奈は柄を回転させて握りを変えた。来国光の刀身が親指と人差指の作る輪から伸びていた。
黒獅子はブツブツと独り言を言う剣奈に隙を見て飛びかかろうとしていた。しかし隙が見つからなかった。
だからただ牙を剥き低い唸り声を上げた。
グルルルルルル。
相手を威圧して動揺を誘い隙を出させる作戦だった。今までの敵であれば黒獅子が唸り声を上げるだけで相手は驚き、怯え、逃げ腰になった。
黒獅子は逃げ出した相手を後ろから追い、背中に爪を立て、喉笛を切り裂くだけでよかった。必勝の手順だった。
しかし目の前の少女はおかしかった。小さく容易く手折れそうなのに飛びかかれない。飛びかかる決断ができない。
あっという間に小さな小娘に配下の黒犬が倒された。目にも留まらぬ俊敏な動きだった。勝ち筋が見えなかった。
黒獅子は判断を誤った。黒獅子は行くべきだったのだ。逆手持ちの剣奈に飛びかかるべきだった。
そうすれば逆手持ちの短い射程の刃が届く前に黒獅子の爪が届いていたかもしれない。
逡巡する間に時が経過した。そして黒獅子は見た。剣奈の手元で来国光が円を描くように輝くのを。剣奈の威圧感が増した。そう感じた。
「いくよ!ん♡」
剣奈は、黒震獣に向けて走り出した。