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61 黒震獣犬 再来


『さて、では剣奈、まいるかの』

「うん!修行の成果をみせてやる!」

 剣奈はリュックから来国光を取り出し、左腰に装着した。そして両手を合わせ来国光に呼びかけた。

「準備オッケー!じゃあ、移転の呪文お願い」

『承った。追唱せよ』


『「()けまくも綾に(かしこ)

天土に神鎮(かむしずま)()

(いとも)も尊き 大神達の大前(おほまえ)

慎み敬い (かしこみ)(かしこみ)(まを)さく

今し大前に参集侍(まいうごなは)れる

剣奈と来国光 幽世(かくりよ)に送らむと

(おろが)(まつ)るをば

(たひら)けく(やすら)けく

聞こしめし(うづな)(たま)へと

白すことを聞こしめせと

恐み恐み白す』」


 剣奈の体がぼやけ、風に溶けた。まるで初めからそこに何もなかったかのように。清冽な空気だけがその場に残った。

 

 幽世(かくりよ)で一陣の風が吹いた。風が吹き渡る中、剣奈は静かに佇んでいた。


「どう、どう?クニちゃ。ボク、上手くなってない?にへへへへ」

 

 口を開く直前は、実に神々しかった剣奈である。神気を纏う静謐な佇まい。清らかで壮麗な剣奈を前に、来国光は心より畏敬を感じ、慎み身を正さねばと思うほどであった。

 ところが、である。口を開けばどうしてこうも空気が緩むのか。不思議である。実に残念美少女である。

 

「ふーん。現実世界と異世界、見た目はあんま変わんないね。田んぼとかはないけど」

『うむ。そうじゃの。違和感ないの』

「うーん。いい天気ー」

 ぽかぽかとしたうららかな日差しに、胸を広げ、肩甲骨をせばめて伸びする剣奈である。緊張感のかけらもなかった。

 

『おや?早いの。早速、邪気の防御機構に察知されたみたいじゃ。来るぞ!』

 来国光の警告に、剣奈は瞬時に身を正した。素晴らしい切り替えであった。

 黒い霧が城を囲むように何箇所も噴出し、黒い霧は犬の形に結実した。

黒震獣犬(こくしんじゅうけん)か。ちと数が多いようじゃがの。よもや遅れはとるまいの?」

「当然!ん♡」


 剣奈は前後から迫りくる黒震獣犬に対し、腰を落としつつ鯉口をきった。流れるように、右足を前方に出し、右半身(みぎはんみ)の構えで静止した。

 気負いも何もなかった。ただ敵の気配だけを受け入れた。

 

 黒震獣犬の第一陣は前方から二匹、後方から三匹。剣奈を中心にして、前方を底辺とした、正五角形の陣形だった。

 前方の二匹が左右斜め前方から同時に飛びかかってきた。

 ヒュン。剣奈は抜刀し、左逆袈裟斬りで左前方の黒震獣犬の喉を切り裂いた。

 ヒュン。振り下ろす刀で右前方の黒震獣犬の頭蓋を貫いた。

 あっという間に二匹の黒犬が黒霧となり消えた。残三匹。

 

 ヒュッ。剣奈は一重身(ひとえみ)になりつつ、左手を柄頭にそえ、真背後から飛びかかってきた敵の頭蓋を横から貫いた。黒犬が黒霧となり空中に消えた。残二匹。

 

 左後方から黒犬が飛びかかって来ていた。しかし左後方からの黒犬は、一重身(ひとえみ)になった剣奈に躱された。繰り出した牙は剣奈を斬り裂くことはかなわなかった。

 その黒犬は今、ちょうど剣奈の真正面にいた。剣奈の正面を左から右に移動していた。

 ヒュン。剣奈は左逆袈裟斬りでその黒犬を斬り上げた。黒犬が黒霧となり霧散した。残り僅かに一匹。


 ヒュッ。剣奈は左袈裟斬りから右後方に突きを放った。最後は左手を柄頭に添えて押し込んだ。

 ブワッ。剣奈の背後空中を左から右に跳躍していた黒震獣犬は胴体を貫かれた。最後の黒犬も黒霧となり消えた。

 

 剣奈に前後から飛びかかった黒震獣五匹は一瞬にして黒い塵となり霧散した。


 黒犬第一波が瞬時に殲滅された。しかしすぐに第二波が剣奈に殺到してきた。

 第二波は黒震獣犬十五。十匹の黒犬は五匹と五匹に分かれ、剣奈を取り囲み、二重の円を描いて包囲した。

 残り五匹の黒犬は前方二匹、後方三匹に分かれ、剣奈に向かって唸り声をあげた。

 黒犬十匹による二重の円のうち内側の円は反時計回りに左方向に、外側の円は時計回りに右方向に、それぞれ反対方向に動いていた。


 右に左に動く目前の黒震獣犬。以前の剣奈であればその幻惑させるような動きにつられ、右左に細かく目を動かし、顔も小刻みに左右に振られていただろう。落ち着きをなくし、心臓の鼓動が高鳴っていただろう。

 けれど前回の手痛い失敗は剣奈の心に経験という引き出しを作っていた。

 

「惑わされるな、攻撃してくるときは、必ずボクに向かってくるんだ。向かってくる敵をただ攻撃すればいいんだ」

 

 剣奈は自分に言い聞かせた。剣奈は左手を前方、顔の近くに腕を構えた。左指は軽く内側に曲げられた。

 意識しない自然な動作だった。左足を前方にした左半身の構えになっていた。

 剣奈の右手は左手より低く、胸の高さに構えられていた。ボクシングの構えに似ていた。

 剣奈の全身から余分な力は抜かれた。剣奈はそこに存在するのだが、まるで存在しないかのようだった。

 茫洋と立つ剣奈はどこからみても隙がなかった。

 

 風が吹いた。剣奈の髪が前方から後方に流れた。その瞬間、後方遠くで見ていたひときわ大きな黒震獣犬が遠吠えをあげた。


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