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58 男は出し、女は受ける

「んー、よく寝た。クニちゃ、おはよー」

 寝ぼけ眼で服を脱ぎ、シャワー室に入そうとする剣人である。剣人は下着を脱いで、自分を見下ろして固まった。

「クニちゃ!知らない間に女の子になってるよ!」

『うむ?ワシが顕現したままじゃからの。ワシが顕現しとるで、剣奈の身体が自然と剣気を受け入れる準備を済ませておるのじゃろ』

「あ、そゆ感じ?神気だけじゃなく、剣気を取り込むためにも変身が必要なんだ?」

『うむ。神気や剣気も同質のものじゃ。器が整わんと受け入れたり、取り込んだりはできぬからの。陰陽道で言う陽と陰じゃ。男は出し、女は受ける。古来より陰陽師は男、巫女は女が勤める』

「またそれ?」

『うむ。人の意識の積み重なりは無意識化に様々な影響を与えるでな。意識せずとも身体が自ずと対応するのじゃろ』

「やばいよね。気づかずにこのまま大浴場に行ってたら、みんなびっくりしちゃってたよね」


 呑気剣人よ、いや剣奈よ!それでいいのか!小学校3年生女子が一人で男性用大浴場に入る!もっと別の危機感と恥じらいをもてっ!

 いや、むりか……


「ご飯食べに行くけど、アイテムボックス戻る?」

『いや。ワシと剣奈は繋がっとるからの。普通に会話できるぞ。遠く離れてしまえばたくさん剣気を使わねばならぬことになろうがの。この建物内ぐらいであれば使う剣気は微々たるものじゃ』

「わかった!じゃあボクご飯行ってくるね」


 来国光を置いていそいそとご飯に出かける剣奈であった。

 朝食ビュッフェにて、剣奈は大好きなエビフライカレーを食べていた。

 ボーイッシュな格好の美少女が、口いっぱいにカレーを頬張る。そのギャプ萌えが愛らしく、剣奈は注目を浴びていた。


『すでに女の子に変身してるなら異世界での変身の手間が省けたね。こっから走ってく?』

『いや、さすがに遠かろう久米南(くめなん)町より更に遠いぞ』

『そか、前回も一時間ほど電車に乗ったもんね。グーグーで行き方調べよっか?』

 いや、ディーゼル車である。剣奈にはおなじか……。

 さて鬼の山。最寄り駅は津山線の亀甲(かめのこう)駅である。朝8時21分に岡山駅を出て、9時37分に到着する。13駅、1時間16 分の旅路である。

 ちなみに津山線は非電化単線である。朱色の古いディーゼル車が長閑な沿線を走る。運が良ければピンク色を基調とし、花びらをモチーフした華やかな塗装の「SAKU美SAKU楽(さくびさくら)号」に乗ることができる。その名称には、美しさや楽しさを『作り』、笑顔や花が『咲き誇り』、その土地の美しさや楽しさを『索』す。この3つのSAKUの思いが込められている。このSAKU美SAKU楽号、岡山発は10時55分である。剣奈、残念。


「亀の甲、男は出して、女は受ける……」

 

ゲフッ、

ガチャーン!


 妙なことをつぶやきながら食器トレイを片付ける美少女。一部の男性が飲み物を吹き出し、別の男性はトレイを落としてしまった。

 剣奈は自分がそれを引き起こしたとは気づかない。


「そそっかしい人が多いね」

 怪訝な顔で振り返り、ドジな大人たちに微笑む剣奈。抜群の破壊力である。声をかけようとした男子学生は、なぜか気圧されるような気高さを感じ、声がけを躊躇してしまった。


「「尊い……」」


 妙なつぶやきが同時にボソリと囁かれた。

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