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54 煌めく刀技

「来さん、剣奈の修行を見せていただいてもよろしいかしら?」

『もちろんじゃ。剣奈、修行するか?』

「当然!」

 

 剣奈は強く言い放った。お母さんにボクが強いとこ見せなきゃ!

 「かっこいい。さすがね剣人。愛してるわ剣人」

 剣奈の脳内では、母に誉められ喜ぶ自分(少年の姿)が妄想されていた。よし、いいとこ見せるぞ!

 邪念まみれ、承認欲求まみれの剣奈である。どうしてこんな邪念まみれの俗物が神様に選ばれたのだろう。はっ!チョロいからか!チョロいからなのか!それはさておき。

 剣奈は来国光を左腰に差し、鯉口をぷつりと切った。そして自然な流れで腰を落として抜刀の構えに入った。

 

 千剣破は驚いた。一瞬にして剣奈の雰囲気が変わった。剣奈の回りの空気が凛と張り詰めた。清冽な静寂が辺りを支配した。剣奈の必殺の間合いが見える気がした。

 刹那、剣奈の左手が引かれた。同時に右拳は高く振り上げられていた。ヒュン。抜刀左逆袈裟斬り。鮮烈な光の軌道、刃閃が剣奈の左腰から肩に見えた気がした。

 子供とは思えない峻烈な抜刀だった。樋鳴りの音が鋭く響いた。息を呑む千剣破が見守る中、剣奈の左足が一歩踏み込まれ、剣奈の左腕が前に出された。左半身の構え。右肘は引かれ右拳は前を向いた。

 次の瞬間、剣奈の右足が踏み込まれた。左肩が前から(たい)が入れ替えられ右肩が前に出た。ヒュン。いつの間にか短刀が一の字を逆になぞるように右から左に放たれた。一文字切り。見事な刃閃だった。

 

 剣奈の体が深く沈んだ。次の瞬間、膝のバネをみごとに活かして、真下から真上に刀が振り抜かれた。ヒュン。逆風の太刀。両手持ちの剣術では見られない刃閃だった。

 ヒュッ。続けて膝が曲げられ、体重が乗せられた突きが右前方に放たれた。さらに右に拗られ溜められた力が解放され左後ろに刃閃がとんだ。

 ヒュン。右足のつま先を軸とした左後方への回転斬り。その流れのまま回転の軸は左足へと移り、右足が踏み込まれつつ刀が横一文字に薙がれた。


 千剣破はゾクリとした。剣奈の一連の動きによって少なくとも五体の敵が一瞬にして倒されたのを感じた。剣奈の代わりに自分がと申し出た事を恥じた。

 無理だ。私に剣奈の動きは出来ない。


 剣奈は止まること無く斬撃を放ち続けた。袈裟斬り、左一文字斬り、逆袈裟斬り、持ち手を変えての真っ向唐竹割り、左右の一文字切り、峻烈な突き。

 次々と放たれる斬撃。刃筋はみごとに立てられ切っ先は光を放ちつつ確かな軌道を描いた。

 

 つま先で地面を蹴り後方遠く着地した剣奈は、左手で鞘を押し出し傾けた。

 シュッ。剣奈は流れるように切っ先から静かに刀身を鞘に納めた。全方位への意識はなされたままだった。

 千剣破は驚愕した。残心。そんなことまでできているのか。幼い剣奈がその域まで。

 

 振り返った剣奈はいつもの幼いドヤ顔だった。やり遂げた顔だった。ニヤけていた。 

 私ときめきを返して欲しい!あれだけ凛として美しかったのに最後が決まらない。カッコいいのに残念ヒロインである。実にもったいない。

 

「ふーっ。どう?お母さん」

 揺れる尻尾が見える。私には見えるぞ!ちぎれんばかりに左右に振られている、その尻尾がっ!「褒めて、褒めて、褒めて!」、剣奈の心の声が丸聞こえである。

「ボク、かっこよかった?もしそうなら、褒めて欲しいな」

 口にもろ出しだった!


 しかし反則である。上気した桜色の頬。上目遣いに見上げられた潤んだ目。風に揺れる絹のようなさら髪。

 ほのかに漂う汗の匂いさえ、媚薬のように感じられた。

 反則すぎる!だきしめてぇー!頭をこねくり回してぇー!顔中にキスの嵐をふらせてぇー!なんなら首筋から肩に唇を這わしてぇ!はぁあぁはぁ!

 はっ!だめよ!血のつながった可愛い息子なのよ?あれ?娘だったかしら?いやそこじゃないわ!落ち着きなさい、千剣破!耐えるの!

 

 破廉恥な脳内衝動を抑え込み、千剣破はゆっくり口角を上げた。

「凄いわね、剣奈。カッコよかったわ!見とれちゃった!剣奈はお母さんの誇りよ?」

 慈愛の微笑みをつくり、優しく静かに声をかけた。見事な取り繕いであった。

 しかし、心の声はあまりに思念が強かった。ダダ漏れであった。

 来国光は千剣破の邪念を耳そばで叫ばれるが如く聞かされていた。来国光、全身でドン引きである。いや、全刀でか?


 一瞬、たしなめようかと思った来国光である。しかし鋼の自制で邪念をねじ伏せて慈愛の顔を見せた豹変千剣破を見て先ほどの漏れ出た邪念には絶対に触れまい。そう決心した。


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