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51 拒絶と諦念


「お話拝聴させて頂きました。素晴らしい志と存じます」

『ふむ』

「なれど、疑問に思うこともあります」

『疑問とは?』

「率直に申します。なぜ剣人なのでしょうか?幼い剣人を女の子にしてまで、お手伝いしないといけないものなのでしょうか?」

 

 千剣破は続けた。

「いいえ。来国光様の行おうとしておられる行為は素晴らしく、出来ることならお手伝いさせて頂きたいとは思っております。ですが、剣人を剣奈にして、男の子を女の子にしてまで、という事については言いづらいのですが、首肯しかねております」

『ふむ』

「人は沢山おります。女性でないとダメというのであれば、適正のある女の子に白羽の矢を立てればよろしかったのではと思います。どうしても受け入れ難いのです。いっそ剣人のかわりに、私ではお手伝い変わらせていただくことはできませんか?」


 せっかく自分がヒーローに選ばれたのに、お母さんに取り上げられてしまう。そう思った剣奈は慌てて割り込んだ。


「お母さん、ボクが、魔法戦士ヒーローに選ばれたんだよ。勇者は神様によって選ばれて、誰も変わりはできないんだよ」

 剣奈の子供っぽい主張に、千剣破は心でため息をついた。とりあえず今は来国光と話を詰めなければならない。剣奈にまぜっかえされて話をうやむやにすることはできない。千剣破は優しく剣奈をたしなめた。

「剣人、いいえ今は剣奈だったわね。あなたの前向きな気持ちは素晴らしいと思うわ。でも、今は大人の話だから、少しだけ我慢しててね?いつもお願いしてるでしょ?大人の話には口を挟んではダメって」

「ちぇっ、はーい」


 千剣破は再び来国光に向き直り、尋ねた。

「それで来国光さん、さっきの話ですが、私では変わりになりませんか?」

『千剣破どの、言いにくいことを言うことになるが、よろしいかの?』

「どうぞ。なんなりと」

『げに言いにくきことなれど、千剣破どのは、剣奈の母御殿であるな?』

「はい、間違いありません。私がおなかを痛めた大切な子です」

『うむ。真に素晴らしいことではあるのじゃが』

「じゃが?」

『その、言い難くはあるのじゃが、巫女舞は清らかなる乙女でないと、術式が発動せぬのじゃよ』

「私が清らかでないと?水垢離(みずごり)でも滝行(たきぎょう)でも、何でもいたしますが?」

『いや、そういうことではなくてじゃな。つまりその、子をなしたということは、父御殿と千剣破殿はその……』

 いきなり子供の前で男女の営みの話が始まりかけた。剣奈にこんな話を聞かせるわけにはいかない。千剣破は慌てて来国光の言葉を遮った。

「ストーーーップ!まって、まって!剣奈に聞かせる話じゃないわ!なにそれ!この時代にまさかの処女厨?うわっ、キモっ!マジ引くわ」

 狼狽した千剣破は言葉を選ばず、心に浮かぶまま、取り繕うことなく、口に出してしまった。

『何をおっしゃっておるかは、わかりかねるまするがの、お顔より察するに、罵詈雑言の類じゃろうか?』

 来国光は千剣破の言葉は理解できなかったが、ものすごい形相で、ものすごい剣幕で、嫌悪の顔をあらわにし、言葉を吐き捨てる千剣破を見て、罵られているのだと判断した。

「あ、いえ、その、えーーっと、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」

 慌てて千剣破は取り繕った。

『正直、なぜ剣奈殿であるのか、ワシも理解しかねるところなのじゃが。我を呼び覚ましたのは剣奈なのじゃ。その後、一度潰えたワシを蘇らせたのも剣奈なのじゃ』

「……」

『以前協力し合った巫女どのらのことは、記憶が封印されておるのか、どうしても思い出せぬ。じゃがワシの魂と刀身の記憶が言うていおるのじゃ。剣奈はかつてない、比類なき力を持つ巫女じゃと』

 

 剣奈しかいないのだ。人の来れないはずの幽世に剣人はやってきて自分を呼び覚ました。結び術式で驚くほど剣人はすんなり神に受け入れられ、剣奈となった。

 剣奈の剣術を飲み込む速さ、習熟の早さは来国光も息を飲むほどである。吸収が早すぎるのだ。上達が早すぎるのだ。来国光は剣奈の神術、剣術の天賦の才、巫女としての天賦の才に驚嘆していた。

 それだけではない。久米南町の闘いでは来国光の意識は滅したのだ。本当に消滅してしまっていたのか、剣気が少なくなって意識を失ってしまったのか、それはわからない。しかし、来国光はあの時に自分が完全に滅していてもおかしくはないと思い返した。

 そして滅したはずの自分を再び呼び起こしたのは剣奈なのだ。来国光の先導なく、剣奈単独で神に呼びかけ、受け入れられたのだ。その結果、自分は剣奈によって再生された。剣奈によって過去の記憶と自我を保ったまま、新たに顕現させてもらったのだ。

 過去の巫女のことは思い出せないがそれでもいい。剣奈が唯一無二の存在だと思えた。剣奈は真に神に選ばれ、自分のもとへと導かれたのだ。そう思った。

 しかしである。剣奈はまだ幼い子供である。剣奈の母親に認められなければ、剣奈との活動も困難となる。

 どうすればいいか。剣奈に救ってもらった魂である。剣奈とともにいられないのであれば、いっそ滅してしまおうか。

 剣奈と別れる絶望を思い、そうであるならいっそ消滅を選ぼうか。そう思いながら言葉を発した。

『どうしても受け入れられぬと申されるなら、この場でワシを土に突き立て封印し、立ち去ってくだされ。再び訪れるマレビトをワシはまた待とう』

 いや、剣奈以上のマレビトなどもはや現れるまい。ワシは朽ちて土に帰るだけのことよ。来国光は諦念とともに覚悟を決めた。


 再び訪れた静寂。時は重く鈍く、だれも言葉を発しない。全員が呪縛を受けているかのようであった。

 日はいつしか傾きかけていた。

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