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50 クニちゃんの責 (フォトあり)


 剣奈の話を聞けば聞くほど、どうしてそうなった!なぜそんな事をする!? そんな思いばかりが湧き上がった。この子、よく生きてたわね。

 え?ちょっとまって!まさか、もしかして、すでに神様に召されて?

 恐ろしい想像に、千剣破(ちはや)は大きく首を左右に振った。

「お母さん、どうしたの?」

 急に激しく首を振る母をみて、剣奈は心配して尋ねた。千剣破の恐ろしい心配を、剣奈は何もわかっていなかった。


親の心子知らず。


 よく言われる陳腐な言葉だと思ってたけれど、よく言われる言葉って、その立場になると、本当に心にくるのね。しみじみそう思うのだった。

「来国光さん?」

『うむ?』

「あなたを拝見させていただいても?」

『うむ。かまわんぞ?』

「ありがとうございます。では、拝見させていただきます」

 千剣破は剣奈から来国光を、恭しく受け取った。千剣破はハンカチを取り出し、北側の地面に引いた。その上に来国光を丁寧に置いた。そして千剣破は来国光に向かい、膝をつき正座した。

「失礼いたします」

 千剣破は来国光に深々と一礼した。吐息がかからぬよう、唇にティッシュをはさんだ。ハンカチを2枚持っていればとふと思った。

 それから左手で鞘を持ち、親指で軽く鯉口をきった。右手で(なかご)を持ち、ゆっくりと抜いた。来国光の美しい佇まいだに、千剣破は息を呑んだ。


 出で立ち(いでたち)は、三棟(みつむね)平造(ひらづく)りで、すっきりとして鋭利。


 鍛えは、細かく詰んだ小板目(こいため)で、清々しい。


 地沸(じにえ)は細かく厚く()え、独特の質感を醸し出す。


 刀身には棟区(むねまち)から優美な樋が刻まれ、搔き流され、見事に地金に細く消え流れていた。


 刃文は緩やかなのたれに、小具の目(こぐのめ)が交じる。


 帽子は乱れこむ地蔵帽子で返りが深い。


 刀身は厚く心地よい安定感があった。ちなみに(なかご)は、()ぶの優美な振袖(ふりそで)型である。


 千剣破は刀身を丁寧に鞘に戻し、再びハンカチの上に置き、深々と頭を下げた。


◆剣巫女 有楽来国光 本作「邪斬」の兄弟刀です

挿絵(By みてみん)


「拝見仕りました。感服いたしました」

 素晴らしい名刀だった。

「御身はどの様な由来をお持ちでしょうか?」

『後村上天皇の御代に刀工来国光殿に神様よりお告げがあっての。「地脈に巣食う邪気が、大地に(おこり)を呼ばんとしている。精魂込めて聖なる短刀を打ち、天土に供え、邪気を滅っせよ」とな。国光殿はお告げに従って寝食を忘れ我を打ち、天土(あめつち)に奉納した』

「……」

『その時はひとまず邪気は薄らいだが、邪気の浄化は足りなかった。大地は激しい(おこり)に襲われた。山城、大和、摂津、河内など広い範囲で多くの被害が出たのじゃよ』

「……」

『今の世に康安(こうあん)地震、あるいは正平(しょうへい)地震と呼ばれておる。我に意識が芽生えたのはその頃のことよ。邪気に殺された多くの無念の魂がワシに同じ轍を踏まぬよう責を託したと思うておる』

「さようでございますか。そのような、、」


 康安(こうあん)地震(正平(しょうへい)地震)は1361 年(康安元年、正平 16 年)の6 月 24 日、暁寅刻(午前 3~5 時頃)に起こった南海トラフ型の巨大地震である。

 京都、大阪、奈良、和歌山、四国などで大きな被害をもたらした。推定震度は M(マグネチュード)8.5、連日大小の揺れが続いた。

 この地震で京都の東寺が傾き、大阪の四天王寺の金堂が倒壊した。奈良の法隆寺・薬師寺・唐招提寺に被害がでて、和歌山の熊野三山にも大きな被害が出た。熊野の湯ノ峰の湯が止まったことなども記録にある。

 この地震は津波も引き起こした。『太平記』は、「大阪の難波浦で 1 時間ほど潮が引き、多くの魚が砂の上で跳ねていた。付近の漁師たちは大喜びで拾いはじめた。

 しかし突然、大山のような潮が押し寄せた。数百人の漁師たちは皆さらわれ、誰一人帰ってこなかった」と伝える。

 『斑鳩嘉元記』は、「安居殿御所西浦(大阪市天王寺区)まで潮が到達し、家や人が津波に飲み込まれて大きな被害が出た」と伝える。

 康安(こうあん)地震は津波を伴った恐ろしい巨大地震だったのである。


『ワシの意識はその後、芽生えては消え、消えては芽生え、気がつけば多くの時を経た』

「…………」

『滅した邪気もあるが、滅することができず、なゐ《地震》や噴火、津浪が引き起こされたのを、口惜しく眺めたこともある。まあ、こんなつまらぬ由来じゃよ。ワシ一振りで出来ることは限られるがの、少しでも邪気を滅したいのじゃよ』


 長い静寂しじまが訪れた。


 吹く風は来国光、千剣破、剣奈を優しく撫でた。

 草の香りが、一振りと二人を清々しく包んでいた。


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