49 だって男の子だもん!
「それで風に逆らって川沿いを上流に進んでいったのね?」
「うん!なんだか遠くがぼんやりしてたし、湿気が多くてじっとりしてたから、風が気持ちいいなぁって」
それを霧がかってたとか、霞んでたっていうのよ!心の中で剣奈にツッコミを入れつつ、その時の剣人が幽世に迷い込んだことを確信した。
「それでダムって?」
「うん。道からダムにつながってて、はじめのうちは平らなんだけど、途中から緩い坂になってるの。真ん中で急な坂になって、ぼこっと、こんな風に凹んでて。それで最後はえいって、真ん中に滑りながら飛び降りて」
剣奈は指で地面にダムの形を描いた。
「砂防ダムね」
なんで幽世に砂防ダムがあるのよ?訳わかんない。それよりも!千剣破は、押し寄せる頭痛に、こめかみをもみながら聞いた。
「どうしてダムの方に行ったの?それでなんで飛び降りちゃうの?危ないでしょう!」
「だって、それが冒険だもん!」
男の子の思考はよくわからない。明らかに危険だ!そんな危ないところに、わざわざ自分から行く?全く理解できなかった。剣奈の話は続く。
「それでダムの一番低いところから、川原を覗きこんだんだ。そしたらクニちゃが地面に刺さっててさ。欲しくなって、えいって川原に飛びおひたんだ」
とびっ!?全くわからない。どうしてダムの底に行く?どうしてダムから飛び降りる?どうしてわざわざっ!危ない方に、危ない方に行く?
もし千剣破だったら?
そもそも途中下車などしない。靄んでる川沿いを歩いたりしない。危ないではないか。小学校3年生が1人でふらふらと人けのない川沿いを!誘拐してくれと言ってるようなものではないか!ましてや変質者だったら!
千剣破は剣奈の危うい行動に、よく今まで無事でいてくれたと、真剣に神様にお礼の言葉を奏上するのだった。
『神様、ありがとうございます。とほかみゑみため。とほかみゑみため。とほかみゑみため』
気を取り直した千剣破はさらに脳内会議を続けた。もし!千剣破だったら!ダムになど決して近づいたりしない。ましてや!飛び降りるなんて思いもよらない。これが神様に誘われたってことなのかしら?それとも、男の子って、わざわざ危ないことをする、そんな生き物なのかしら?
千剣破はある雨の日のことを思い出していた。水たまりを跳ね飛ばして走る乱暴な車。千剣破はそれを見て剣人の手を引いた。ところが剣人は千剣破の手を振り切った。そして水たまりの方に近づいていった。危ない!近づいてくる車に青ざめる千剣破。剣人は傘を盾のように水たまりの方に向けしゃがみ込んだ。
「とぅ!」
わけの分からない掛け声をかけ、剣人の全身が跳ね飛ばされた泥水でドロドロになった。ずぶ濡れドロドロ剣人。けれど剣人は意気揚々と、なんなら、やり切ったドヤ顔で戻ってきた!
危ない行為に、その夜、千剣破は剣人を呼んで反省会をした。剣人は涙ぐみながら、唇をかみしめて俯いていた。
もう危ないことはしないって、あの時ちゃんと約束したのに、、全然通じていなかったんだわ。千剣破は手のひらで額を抑えた。