44 暴走
朝食を終えて部屋に戻った2人である。これなら来る必要なかったかな?そう思いながらも、せっかくの息子との旅行を満喫すべく、千剣破はまずは現状の真実を突き止めようと考えを整理するのだった。
クニちゃんが気を失ったって話も、お祖父様か門下生?の方に助けられたって話も剣人の作り話?いや、そもそもクニちゃんは実在するの?
いや千剣破よ、そもそも剣人は来国光に祖父がいるとも、武術道場主で門下生がいるとも一言も言っていないぞ?。
千剣破は一人で作り上げたストーリーをもとに脳内会議で考えを整理していった。そして怪我ひとつない剣人を見て、犬に襲われた話は、作り話だと断定した。その上で、どう話を切り出そうか、逡巡する千剣破である。
「お母さん、クニちゃん紹介したいんだけど」
息子から切り出してきた!
とすると、クニちゃんのことは本当かしら?2人のごっこ遊びで、空想と現実の区別がつかなくなったということなのかしら?子供にはよくあることかもしれないわね。ひよっとすると嘘をついた自覚すらない?素早く脳内会議をする千剣破である。
「そうね。今日もお約束してるの?紹介してもらっていい?」
思い返してみれば、剣人だけでは考えつかないような難しい話をしていた。話の内容は千剣破でも感心するほどであった。敵に見つからないような抜刀のやり方とか、様々な鯉口の切り方とか。剣人が一人で思いついたにしては、実に理がかなっていた。どこまで本当でどこまで嘘なのかしらね。千剣破がまた脳内会議を始めようとする中、剣人がいきなり声を上げた。
「クニちゃ?」
『うむ。剣人どのの母御には、初めてお目もじ申し上げる。拙者、来国光ともうすもの。なにとぞ、よしなに申し上げる』
来国光、剣人と言った!こんがらがると言いながら、ちゃんと使い分けた!剣奈呼びで、メス堕ち定着を図ろうとしていたのか!なかなかのワルである。いや、策士である。ゲフンゲフン。
それはさておき、
「えっ?」
千剣破はそれどころではなかった。キョロキョロと回りを見回す千剣破である。しかし誰もいない。
「全くもう。お母さんにドッキリを仕掛けるなんて。剣人ったら」
それにしてもシャワーと朝食の間も隠れ続けてたなんて。それとも朝食の間にそっと入った?あれ?でも鍵は?って、まって!大人の声だったわね!まさかシャワーを覗き見てた!?驚きの後、羞恥と怒りがこみ上げてきた千剣破である。そして硬い声で話し始めた。
「クニちゃんでしたっけ?剣人と遊んでくださってありがとうございます。でも、初対面から隠れての挨拶は感心しませんわね。ましてや!子供の部屋に入り込んで隠れるなんて。童心に帰るにしても、ちょっといかがなものかしら。あと、私には本名を名乗っていただいてよろしいかしら?私は剣人の母の久志本千剣破と申します。まずは出てきてくださいな」
怒りのオーラ全開の千剣破である。来国光、完全に濡れ衣である。
『剣奈、追唱せよ!』
あっさり剣奈呼びに戻した来国光。母の前でもさりげなく剣奈呼びを定着させる腹づもりだろうか。しかしそれは完全に裏目に出る。
ケンナ?女の子呼び?まさか児童趣味?ショタコン?え、まって!部屋に潜んでるのよね?もしかして一晩中この部屋に?け、剣人の純潔は大丈夫なの!?
狼狽激高し、暴走しはじめた千剣破である。来国光、千剣破の何かのスイッチを押してしまったようである。千剣破、趣味の薄い本に毒されすぎである。