41 鬼気迫る千剣破
一方、千剣破である。剣人が怪我をした。ただの怪我じゃない。場合によってはすぐ医者に連れて行かないと命にかかわる。ホテルのフロントに電話して対処を頼もうと思ったが、相手の対応がずさんだと、かえって事態が悪化しかねない。明日の朝到着するのであれば、自分で対応した方が確実である。今が19時前。岡山行きの夜行バスは取れた。
急いで準備しなぎゃ。日焼け止めとスキンケア、メイク落とし、ベースとファンデ、ポイントメイク、アイブロー、シャドー、ライナー、リップ、それと、、、。最悪すっぴんでもいいけれど、ご挨拶とかもあるかもだしね。
あ、そう言えば、クニちゃんが一緒って言ってなかったかしら?怪我させてたら大変だわ。ちゃんと確認しておかないと。それから下着と服と、、やだわ、どうしてこんな荷物増えるのかしら。あ、日傘もいるわね。そうそう、保険証も忘れないようにしなきゃ。それからバンディカム、バッテリーと急速充電も必要だわね。あとは、、、
女性のお出かけ準備は大変である。特に急なお出かけは。夜行バスの予約をとり出かける準備をしている間に、一時間もたってしまっていた。
いやだわ、こういう時こそ私が冷静にならないと。電話して傷口の洗浄と消毒をきちんとやったかちゃんと確認しないと。千剣破はスマホをとり、連絡帳の笑顔の剣人にタッチした。
プルルルルル
ピッ
「もしもし剣人?」
「うん」
「傷はちゃんと洗った?熱くなってきたりとか、腫れてきたりとかしてない?周りと違う色になってない?ズキズキしてきたりとかはない?」
「うん。大丈夫。なんかね、すっかり治って、傷口も見当たらないんだよー」
そんなはずはない。きっと心配かけないようにって、やせ我慢してるんだわ。ホントに男の子は変なとこでカッコつけるんだから。まあそこが可愛いんだけどね。あ、そうそう、クニちゃんのこと聞かなきゃ。
「クニちゃんはその時一緒にいたの?バイバイしてから襲われたの?」
「一緒にいたよ?クニちゃん意識無くなっちゃって。どうしょうかって、ボク、パニックになっちゃったんだ」
なんですって!クニちゃんが気を失った!?なんてこと!?スーッと自分の体から血の気が引くのがわかった。
怪我をさせたのかしら?それとも剣人が庇って怪我をして、それでびっくりして気を失ったのかしら?どうか大事ありませんように。
これは剣人と怒られに行かないとダメだわね。一緒に遊んで年下の子が気絶しただなんて。申し訳ない。きっと親御さんは怒り狂ってるに違いないわ。剣人、怒られたりとか、ぶたれたりとかしてないかしら。いいえ、きっとしてるわね。強がって隠してるに違いないわ。
「クニちゃん、お医者さんに連れて行った?ケガはしてない?ご両親にはちゃんと報告した?もしケガしてたら、すぐお医者さんにつれて行かないと、大変なことになりかねないから」
「クニちゃん、気を失ったんだけどね。神様にお祈りしたら、目を覚ましてくれたの。神様すごいんだよ!黒犬の群れもバーって居なくなったし、クニちゃん治してくれたし、ボクのケガもすっかり治してくれたし」
神様?きっと大人の人ね。助けてくれたんだわ。怪我の治療もしてくださったみたい。よかった。剣人元気そうだから、きっとちゃんと応急処置してくださったんだわ。
あ、もしかして、クニちゃんのお父様かしら?そうだとしたら納得だわ。木刀を持った武道家だから、10匹もの野犬の群れを追い払うこともできたんだわ。これはほんとにちゃんとお礼をしないと。金一封とか、、かえって失礼かしら?でも息子さんを守るためとは言え、危険を承知で立ち向かってくださったんだし。そうそう!ちゃんと名前を聞いとかないと!
「お友達の苗字はなんていうの?連絡先とか聞いた?お父様のお名前は?」
「クニちゃんはね、来国光っていうの。たぶん、来っていうのが苗字で、国光っていうのが名前かな?お父さんは「きせき」に入ってるって言ってて、名前はお父さんと同じだって」
来国光ですって!?さすが武道家の息子さんだわ。来国光が好きなのね。だから丁子油とかって言ってるのね。うふふ。かわいい。あ、丁子油買ってないわ。椿油なら髪用なら買い置きあるから、入れておこうかしら。拭紙はさすがに家にないし買う時間も無いわね。
鬼籍?お父様、お亡くなりになってたのね。じゃあ助けてくださったのはお祖父様かしら?それとも門下生の方?あ、そろそろでないと。
「わかったわ。お母さん、これから深夜バスでそっち向かうから。明日の朝には着いてる。そうね8時前くらいかしら。バスだから速くなったり遅くなったりあるかも。剣人はホテルの部屋で待ってなさい」
「はい」
「着いたら一緒に食事しましょ。熱が出たりとか、痛くなったりとか、ちょっとでも変だなーだて思ったら、夜中でもいいからお母さんに電話するのよ?ほんとに真夜中でもいいからね。じゃあお母さんは出かけるわね。愛してるわ。剣人。明日会えるわね。お母さんとっても楽しみ。おやすみ」
「はーい。おやすみなさい。お母さん」
ピッ
二人の会話の内容は全く別だった。話は完全にすれ違っていた。なのに会話はしっかり成立していた。不思議である。
その夜、千剣破は無事バスに乗ることができた。バスの中で剣人のことを心配し、クニちゃんのお祖父様にどうご挨拶とお礼をしようかと悩み、勤務先にもきちんと連絡をしないとと悩んでいた。
気苦労が多いことである。頑張れ千剣破。剣人はピンピンしてるぞ!
(第二章 吉備国へ 完)