39 巫女舞
『剣奈よ、仕上げじゃ。務めを果たそう』
されるがままにしていた来国光であったが、ふと、使命を果たそう、そう思った。
『巫女舞の術式をせねばの』
「練習してないけどボクに出来るのかなぁ」
『大丈夫じゃ。ワシがちゃーんと丁寧に導くからの』
「はい!クニちゃん先生、よろしくお願いします!」
『お、おう!急に殊勝になりおった』
「しゅしょう?」
『素直で、健気で、いじましい。んー、つまりの、えらいぞっ!感心したぞっ!ってことじゃ』
「えへへ。だってさ、ボク、簡単にやっけられるって、思い上がってた。なのに、いざとなったら怖くなって、逃げ回っちゃてさ。やっちゃあ絶対ダメっ!ってこともやっちゃってさ。クニちゃんもいなくなりかけちゃたし、ボク、ボク、、」
俯いて涙ぐむ剣奈であった。
『いやいや。剣奈はよくやった。ワシの方こそいきなり実戦だ、などいい出して、焦りすぎていたと思う。ワシこそすまんかった』
「ううん、そんなことない。でもだからね、クニちゃんが教えてくれることはもっとちゃんと聞くべきだって、そう思ったんだ」
じん
『いい娘じゃ』
「えへへ」
『さて、巫女舞に話を戻そうかの』
「うん!」
『本来は巫女服にて、白衣に、朱色の緋袴、白生地に菊のかかれた千早を羽織ればよいのだが。まあ、無くても心に纏えばよかろう』
「ちはや?お母さん、『ちはや』って言うんだよ!」
『うむうむ。おそらくそれも縁じゃの』
「縁って、不思議だね」
『さて、時もたっておる。はじめよう。四方拝から乙女舞の術式を行う』
「はい!」
『剣奈、先ほどの黒震獣が湧き出てる方に向かうぞ』
「えーーー!ボク、、ボク、、今日はもう闘えないかも、、」
再びあの黒い犬と闘う。
そう思うと、怖くなって、ぶるっと、身震いしてしまう剣奈であった。
『心配するな。剣奈の馬鹿みたいな剣気の無駄遣いにより、すべての出現せし黒震獣は消滅しておる』
「えっ!ボク、全部やっつけちゃったの?結果オーライ?」
『うむうむ。しかしあのような無駄遣いは、今後いかがなものかな』
「そうだよね。下手したらクニちゃ、消えちゃってたかもだもんね」
しゅん
『過ちは起きるものじゃ。繰り返さなければそれで良い』
『さて、ここじゃの』
目の前には、大きなイチョウの木があった。
『さて、はじめようかの』
「うん」
『我を胸に抱き、北東南西の順に深く頭を下げよ』
「はい!」
来国光を呼び戻してくれたことにも感謝しつつ、厳かな気持ちで四方拝の術式を行う剣奈であった。
『我を抜刀し、右腕にもて』
「はい!」
『天よりゆるりと螺旋を描きつつ、右手を背の方に、左手を前にする方への回転にて、徐々に剣先を下に下げつつ、くるりくるりと回るのじゃ。舞え!剣奈』
「はい!」
切っ先を天に向け、そこから時計回りに回りつつ、刀で螺旋をなぞるように、リンゴの皮を剥くように。ゆっくりと回りつつ、刀を下げていく剣奈であった。緩やかな舞いは厳かな雰囲気を醸し出した。
『神気の場が築かれるほどに、大気が中に闇色に深く沈む幾筋もの線、あらわにならん』
その通りだった。空気中のここ、あそこに、ひび割れのように、黒い線が現れた。そこからは、黒い靄が少しずつ漏れ出していた。
『すべての現れたる線に向かいて、われを上から下、左から右の方向にて、すべての線をなぞり消せ』
剣奈は丹念に線をなぞった。不思議なことに、消しゴムで消すように、ファスナーを閉めるように、黒い線はどんどん消えていった。
『地に我を突き刺し、祈りを深めよ』
剣奈は、黒い靄が漏れ出す地面の中央に、来国光を突き立てた。黒い闇が消えますようにと、祈りを込めた。
『我が申すこと、声に出して追唱せよ』
『「掛けまくも綾に畏き天土に
神鎮り坐す
最も尊き 大神達
ことわけて
瀬織津比売命
速開都比売命
気吹戸主命
速佐須良比売命
の大前に
慎み敬い 恐み恐み白さく
今し大前に参集侍れるものどもは
高き尊き御恵みをかがふりまつりて
辱み奉り尊み奉るを以って
今日を良き日と択定めて、
禍事の限を
祓清めむと、
根の国、地のもとに持ち込まれたる
諸々の禍事・罪・穢・邪の気、有らんおば、
持ち去りて
祓ひ給ひ 清め給えと白すことを、
聞こしめせと、恐み恐み白す』」
剣奈と来国光が白黄輝く光に包まれた。来国光の刀身全体から、地中に神気の光が放れた。
この場所に巣食う邪気は、完全に浄化されたのだった。