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剣に見込まれヒーロー(♀)に 乙女の舞で地脈を正します 剣巫女・剣奈 冒険の旅  作者: 夏風
プロローグ スーヴニール アンペリサーブル(色褪せない記憶)
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「クニちゃのいない巫女舞」切ない記憶 スーブニール3 (イラストあり)


『そう言えば剣奈はワシがおらんでも乙女舞、巫女舞いの神事ができるようになったのだな』


 邪斬・来国光が剣奈の成長を喜んで言った。しかし巣離れする子を見守る親のような寂しさも言葉には滲んでいた。


「えっとね。あの時ボク、何かボクにできることはないかって。それしか考えて無くて…… 気がついたら巫女舞をしていたんだ」


 剣奈は浴衣姿でしゃがんでいた。夏の風が剣奈の髪を揺らした。剣奈は線香花火のパチパチと弾ける花びらを見つめながら言った。


「ハハハ。ビビってお漏らししやがったおこちゃまのくせにいっちょ前のことほざきやがって」


 玲奈がからかった。


「もう!玲奈姉の意地悪っ!」


 剣奈はぷうっと頬を膨らませて玲奈を睨んだ。


「アタシはコイツの壁に阻まれてその時のこと見てなかったからよ。聞かせろよ。その時の話をよ」


 玲奈がちらりと白蛇に視線を向けつつ言った。


「うん。いいよ。あのね……」


 剣奈は鍾乳洞の奥で語らった赤い女の幽霊、篠のことを思い出しながら語り始めた。


 …………


「ひどい……」


 あまりに壮絶な仕打ちに剣奈は絶句した。


 アタ……シ……ハ…………

 ムラデ……ミ……ンナト……

 ト……モニ……イキタ……カッ……タ……


 池に沈められた篠の思念は強く残った。篠は助けてくれた村のみんなと一緒に生きたかった。村に恩返しをしたかった。弥右衛門様、皆様に恩返しがしたかった。どうしてこんなことになってしまったのか。笑顔が足りなかったのか。もっと自分から誘えばよかったのか。

 そんな想いが篠をこの地に縛り付けた。成仏できなかった篠はときおり水にゆかりのある場所で目撃されるようになった。

  

 篠の「村に恩返しせねばならぬ」、「男に奉仕せねばならぬ」との強い思念は周りに漂う思念を引き寄せた。

 死の思いにとらわれた者も知らず知らず引き寄せられた。入水して命を落とした者たちの成仏できない魂は篠に引き寄せられて篠を取り巻いた。

 やがて怪異や幽霊の目撃談や入水の名所などの噂が広まった。それを恐れた人々の想いもまた思念エネルギーとして篠の思念に捕らわれることになった。

 人々は怪異を恐れた。祟りを鎮めるために幾度か池に人身御供が沈められた。「サンマ」である。しかしそれらはむしろ篠を取り巻く怪異エネルギーを増幅させる糧になるだけだった。

 

 篠を取り巻く思念や魂塊は繭となり、成長して怪異「赤い服を着た女」あるいは怪異「白い女」になった。金山ダムの噂、「赤い服の女を見た」、「すすり泣く声や子守唄が聞こえる」。鮎屋ダム下流の鮎屋の滝の噂、「滝に向かって歩いていると背後に白い女が立つ」、「けして振り返ってはならぬ」。

 篠が最後に着ていたのは白の肌小袖だった。背中から貫かれて赤く染まったものの、足や腕は白いままだった……

 

 「村に恩返しせねばならぬ」、篠の強い想いから水辺に近づいた男を追うのが怪異の本質となった。明確な意識がないまま篠は水辺に近づいた男を追いかけた。「男に奉仕せねばならぬ」、篠はそう信じ込まされていた……

 追いかける男に追いつくと篠は奉仕をするために前に回り込んだ。しかし篠の手はもはや生身に触れることは出来なくなっていた。

 奉仕できぬ無念をかかえたまま篠は水にもどった。篠が消えたあと、篠のいた場所には水だけが残された…… まるで篠の涙のように……


「もてなしが足りなかったから村を追い出されたのだ」


「心を込めて沢山もてなせば村に戻れる」


 もてなせない悲しみが募るごとに篠の「想い」は益々強く重くなった。想いの折り重なった強力な思念核はますます浮遊霊や人を引き寄せるようになった。そして篠の自我が薄れるとともに纏わりつく相手の性別は関係なくなった。


 篠のもう一つの心残りは産めなかった我が子だった。恩ある村の子。篠は子を産み、村に感謝をしつつ育てたかった。

 恩に報いられず水に流してしまった子を想い篠は涙を流した。悲しげに哭いた。声を聞いた人は「すすり泣く声が聞こえる」と怯えた。噂が広まった。

 

 流れた子を想う慚愧の念は篠に子守唄を唄わせた。それらは近づいた人の耳に入ることもあった。哀しい唄声は人の心を揺さぶった。「子守唄が聞こえる」。噂が広まった。

 

「けして振り返ってはならぬ」


 それは篠が無自覚に人の闇を増幅してしまうから……

 篠の強い想いと入水した魂の負力は近づく人の心の闇を刺激した。闇の意識に囚われた人はふらりふらりと水に誘われた。「入水の名所」として知られるようになった。

 

 篠の思念繭が邪気に取りつかれなかったのは僥倖(ぎょうこう)だった。知ってしまえば剣奈はおそらく闘えなかったであろう。


 …………


 ワタ……シ……ハ……

 ム……ラト……ト……モニ……

 イキ……タ……カッタ……

 ダケ……


 篠は話を終えた。


 深い静寂が訪れた。


 剣奈は篠にかける言葉を持たなかった。母の千剣破であれば、祖母の千鶴であれば、篠に寄り添える言葉を話せただろうか。

 篠の心に沈殿した想いは剣奈の心にも流れ込んでいった。剣奈は水中深く篠と沈んでいく錯覚にとらわれた。

 月が水面を照らすのが見えた。キラキラと美しかった。剣奈は光に向かって手を伸ばした。光は美しく、けれど果てしなく遠かった。

 

 これが篠の見続けてきた風景……

 

 光は美しかった。しかし届かぬ美しい光はあまりに残酷だった。


 剣奈は呼吸が出来ない息苦しさの中で言葉を探し続けた。懸命に探し続けた。


 そして瞳を開けた。


 剣奈は立ち上がった。言葉はあきらめた。同情、慰め、励まし、すべて無意味だと感じた。


 言葉は要らない。ただ自分にできることをすれば良い。やりたいことをすれば良い。

 剣奈は思った。自分がやりたいこと。篠の穢れを祓い清めたい。心を込めて巫女舞を舞いたい。己があたう全てを行いたい。

 

 剣奈は篠に深く頭をたれた。篠の魂が呪縛から解き放たれて幸せな生を得られるようにと願いを込めた。

 

 剣奈は感ずるままに北東南西の順に深く頭を下げて四方拝を行った。

 

 四方拝を終えた剣奈は高く両手を広げて天を仰いだ。そのまま黙祷して祈りを捧げた。

 

 剣奈はゆっくりとまぶたを開いた。そして緩やかに舞い始めた。

 剣奈はくるりくるりと優雅に舞いはじめた。天に掲げられた両手は舞いとともに徐々に下げられていった。開かれた両腕は身体の回転とともに体の周りで円を描いた。腕は徐々に螺旋を描くように下げられた。


 風が吹いた。剣奈の周りで風が舞った。清らかなるそよ風が剣奈を取り囲んだ。風が剣奈の髪を、衣服を、優しく揺らした。

 

 剣奈は(ひざまず)いた。両膝をついて石筍を掴んだ。洞窟全体を清める依代にするためである。


◆剣奈渾身の祈り

挿絵(By みてみん) 

 

 剣奈は瞳を閉じて祝詞を奏上し始めた。淡路島で国づくりをした二柱、黄泉を司る神様、癒しの神様、夜を司る神様、女性と水と蛇を司る神様、海を守護する神様、そして祓戸の四柱に呼びかけた。

 おのころの島から葦の船、天磐櫲樟船(あめのいわくすふね)に乗せられて水に流れされた蛭子命(ひるこのみこと)。後に恵比寿神とも言われ、また少彦名命と同一視されることも多い。

 神話や伝承で蛭子命と少彦名命の関係は直接記されていない。しかし両柱には「小さな神」、「水に流れる(流された)神」、「漂流する神」、「再生、復活を司る神」など共通点が多い。そのため両柱を同じとする伝承は多く散見されるのである。

 剣奈は水に流れされた赤子の冥福、篠とその子への癒やし、そして輪廻への復帰と再生への想いを深く祈りに込めた。 


()けまくも綾に(かしこ)き天土に

神鎮(かむしずま)()

(いとも)も尊き 大神達 

ことわけて 

伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

伊弉冉尊(いざなみのみこと)

黄泉津大神(よもつおおかみ)

少彦名命(すくなひこなのみこと)

月読命(つくよみのみこと)

市寸島比売命いちきしまひめのみこと

綿津見命(わたつみのみこと)

瀬織津比売命(せおりつひめのみこと)

速開都比売命はやあきつひめのみこと

気吹戸主命(いぶきどぬしのみこと)

速佐須良比売命はやさすらひめのみこと

大前(おほまえ)

慎み敬い (かしこみ)(かしこみ)(まを)さく

今し大前に参集侍(まいうごなは)れる篠と剣奈

高き尊き御恵(みめぐ)みをかがふりまつりて

(かたじけな)(まつ)(たふと)み奉るを以って

今日(けふ)を良き日と択定(えらびさだ)めて、

禍事(まがごと)(かぎり)

祓清(はらひきよめ)めむと、

諸々の禍事 罪 穢 有らんおば、

持ち去りて

祓ひ給ひ 清め給えと白すことを、

聞こしめせと

恐み恐み白す


 剣奈の祈りに応えた神々の神気が鍾乳洞に流れ込んだ。神気は剣奈の手を通じて石筍に注がれた。鍾乳洞が神気で満たされた。神気の風が強く吹きわたった。


 ア……リ……ガ……ト……ウ……


 篠は白い光に包まれ空中に解けた。篠の呪縛と存在は解かれ篠と赤子の魂は輪廻の輪に還された。


…………


「気分悪い話だぜ」


「うん。あの(ひと)、何も悪くなかった…… 純粋な(ひと)だった……」


 剣奈はいつの間にか燃え尽きてしまった線香花火を見つめながらしみじみつぶやいた。


「悲しい話だね。彼女は輪廻の輪に帰れたんだろうか?」藤倉が呟いた。

「うむ。妾がしっかり見届けた。篠の魂は天に召されたぞ」白蛇がちろちろ舌を出しながらいった。

「そっか……よかった……」


 悲しげな顔をしていた剣奈が静かに微笑んだ。憂いを秘めた顔から一気に花開くような美しさだった。

 藤倉の胸は鷲掴みにされた。この娘のことをもっと知りたい。そう思い口を開いた。 


「そういえば剣奈ちゃんが邪斬さんと出会った話、詳しくは聞いてなかったかな」

「アタシも詳しくは聞いてねぇ」玲奈も続けて言った。


「そうだっけ?」


 剣奈がきょとんとした表情を浮かべた。すでにみんな知っている気になっていたのである。


「聞きたいな」

「ああ聞かせろよ」

「うん!」


 みんなが集まってきた。玉藻はヒョイッと剣奈を抱きかかえて彼女をひざに乗せた。


 ちろちろ


 白蛇は剣奈の浴衣の胸元から頭をのぞかせた。


 わんわん


 犬は玉藻の足元で尻尾を振った。みんなもぞろぞろ剣奈の周りにあっつまってきた。


「ええええ!なんだか照れるなぁ」


 突然みんなの注目を集めてしまった。剣奈の頬は赤く上気した。


 ヒュウ


 風は剣奈を包んで優しく吹いた。薪台の炎が剣奈を照らした。


 チョロチョロ


 庭の噴水さえも剣奈の話に耳を澄ませているようだった。


 剣奈は目を伏せた。長い睫毛が静かに震えた。そっと瞳を開いた。


「そ、それじぁボクの冒険の話をするね?」

 

 剣奈はポツリポツリと話しはじめた。長い長い話が始まった……。剣人の子供の頃、そして来国光との出会い、あまたの闘いのことを……。


「ボクね、小さい頃から冒険が好きだったんだ……」 






――――――――――――――


 こんにちは夏風です。略称『剣巫女冒険の旅』をお読みくださってありがとうございます。これから本編に入ります。はじめのころは投稿文字量の距離感など分からなくて、やたら短かったりします。

 夏風の性格でちょっと闘いに入るまでの説明が長いかなと思ったりします。

 「めんどくせえや。男の子が女の子になって闘うんだろ。バトルシーン早く読ませろよ」的な方へ、


 「第59話 津山線にて」


 までさくっとまるっと無視してください。話はそこからでも全然通じるかと。


 みなさんへ。夏風を見つけてくださってありがとうございます。


 今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

 

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