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35 黒震獣(こくしんじゅう)


弓削(ゆげ)駅周辺では津山線に沿うように誕生寺川が流れている。剣人は弓削駅を出て右に折れ、線路に沿うようにしばらく歩いた。程なくT字路に突き当たったので、川の方に左折した。


左折してすぐ、誕生寺川にかかる橋があった。橋を渡るとすぐにまたT字路に当たった。T字路の左手には洋風の家が数軒立ち並んでいるのが見えた。右手は開けていて家はみえなかった。剣人は人気が少なそうな右に曲がった。


しばらく歩いたところでお墓のような石碑が見えた。目立たなさそうな場所であるし、移転や帰還の際の目印になりそうだった。剣人はここで変身のポーズ(幽世への転位術式)を行うことにした。


右手を天に掲げ、左手を胸に添えた。そして手を合わせて合掌。(こうべ)を垂れ、両手を天に掲げ目をつぶった。


光らないよう、ナニカを引き寄せすぎないよう力をおさえながら変身の呪文、祝詞を唱えた。


吐普加美依身多女(とおかみえみため)。来たれ、来国光」


しゅんっ


霞のように現世の剣人が消え、幽世(かくりよ)に来国光を天に捧げた少女姿の剣奈が現れた。


依代(よりしろ)とした塚は不思議と幽世(かくりよ)でも存在していた。塚のすぐ奥には森が広っていた。誕生寺川は同じように流れていた。川の対岸は草原が風に揺れていた。


「成功!今回は自然に変身ができた!」


『うむ。流れるような転位術式であった。2回目にしては力も適切に制御され、実に円滑であった。さすが剣奈じゃ』


「えへへ。だってボクヒーローだもん」


周りに人気なく、声を出して会話する剣奈である。見る人がいれば、ボクっ娘のボーイッシュで小柄な美少女である。高揚感あふれる紅潮した頬が愛らしい。


「どっちに行けばいいの?」


『うむ。あちらに邪気の気配が感じられる』


誕生寺川に橋はなかったが、倒木で渡れるようになっていた。剣奈は倒木を渡り、来国光の示す方向に歩き始めた。


『来るぞ!』


来国光が警告を発した。


プツリ


剣奈は鯉口を切った。


黒い輪郭が、靄のように揺れる2匹の黒犬が現れた。剣奈の心臓は鼓動を速め、激しく波打った。体から力が抜けるような、冷や汗が出て気を失うような、そんな感覚にとらわれた。


一匹の黒犬が剣奈に飛びかかった。剣奈は左足を引いて半身になりながら、夢中で短刀を振り抜いた。手応えはなかった。


次の刹那、黒犬は空気に溶けるように霧散した。もう一匹の黒犬はその様子を見て低く唸り声をあげた。


剣奈の呼吸は荒く浅かった。肺にうまく空気が入っていかない。空気が足りない。そんな感覚が剣奈を襲った。剣奈は全身から汗を噴き出させていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


浅い呼吸で焦点が揺れる剣奈をみて黒犬は低く突っ込んできた。剣奈は右ひざを折って姿勢を低くし、重心を前に移しつつ、右拳を突き出した。


黒犬の鼻先から黒犬を断つように刃がくり出された。左腕は後ろに引かれた。上半身を捩じるような動きのもと、剣奈の放った斬撃は、黒犬の鼻から頭を切り裂いた。今度も手応えはなかった。次の刹那、二匹目の黒犬が霧散した。


どさっ。


剣奈は腰が抜けたように臀部を地面に下ろした。乙女座りの格好で尻もちをついた。


初めての勝利だった。しかし余韻も何もなかった。殺気をはなって向かってきた黒犬の残像が瞼の裏に刻まれた。恐ろしさに恐怖が溢れた。歯をガタガタ言わせながら剣奈は自分の両肩を抱いた。


寒さに震える小鳥のように小刻みに震える剣奈。その姿勢のまま剣奈はガタガタ震え続けていた。


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