29 違和感
「もしもし、お母さん?剣人!」
ホテルで早速、母に電話する剣人であった。
「はい、もしもし。楽しかった?」
「うん!とっても楽しかった!」
「今日は何したの?」
「川原を歩いてね、ずっと修行してた!」
「修行?」
「そう!まずは鯉口の切り方。やりやすいけど敵にバレやすいやり方、敵から見えにくいやり方、鞘を傾けて素早く抜刀するやり方とか、すっごくいろいろ覚えたんだよ!」
岡山まで行って川原でチャンバラごっこ?呆れつつも微笑ましく思う千剣破であった。しかし息子から出てくる専門的な言葉、あまりに理にかなった体の使い方に、ひどく違和感を覚えた。
「剣人は一人でやってるの?難しい言葉話してるけど誰かに教えてもらったの?」
探りを入れる千剣破である。
「うん!クニちゃんに教わったの!クニちゃんすごいんだ!」
クニちゃん?不良に絡まれかけていたり、変な悪事に加担させられそうになっていたり、そそのかされそうになっていたりするのではと、不安が募る千剣破である。
「クニちゃん?もう友達ができたのね!詳しい人ね。大人の人?どんな人?」
「うん!クニちゃんはね、ボクよりずっとちっちゃいんだけど、ボクよりずっと物知りなんだ!」
剣人より小さい?じゃあ小学校低学年なのかしら?剣術に詳しい小学校低学年って変だけど、備前は刀工の地だし、居合とか古流剣術道場の息子さんか何かなのかしら?
色んな可能性を素早く頭に巡らせながら、心配を声に出さないよう、優しく尋ねる千剣破である。
「小さいのにすごいのね、クニちゃん。お母さんもクニちゃん紹介してほしいな。剣人とお友達になったのならクニちゃんのご両親にも、ご挨拶しないといけないかもだし」
「うん!紹介するよ!あ、でもクニちゃんのお父さん、お母さんは知らないなぁ。聞いといたほうがいい?」
「そうね。でも、まだ会ったばかりなら、親同士があいさつというのもちょっと大げさすぎるかしらね。でも、もし、何か変だ、とか、おかしい、危ない、とか思ったら、感じたら、すぐ逃げるのよ?クニちゃんに変だと思われてもいいから」
「わかった!そうするよ!」
「明日はどうするの?」
「明日もクニちゃんと遊ぶかな」
「もしかして泊まりを長くしたいって言ったのも、クニちゃんと遊びたいから?」
「うん、ごめんなさい。なんか恥ずかしくて昨日言い出せなかった」
「あ、ううん いいの。せっかくお友達と仲良くなったのだから遊びたいわね。お母さんにもクニちゃん、紹介してもらいたいし、明日の晩か明後日の晩にそっちに行って合流してもいいかしら?」
「うん!来て来て!お母さんとも会いたいし、話したいこともいっぱいあるんだ!」
来て、というならやましいことはなさそうね。まあ、剣人が私に隠し事するはずもないわよね。でも、ちょっと心配だから、仕事に都合をつけて、明日、は無理かしらね、明後日、岡山まで迎えに行こうかしら。クニちゃんのご両親がどんな方か知っておきたいし、場合によってはご挨拶しておいたほうがいいかもだし。
「そうね、じゃあ明後日の晩、そっちに行くわ。クニちゃんに挨拶して、それから剣人と二人でこっちに帰る?クニちゃんへのお土産は何がいいかしらね」
「わぁ!お母さんと旅行!うれしいなぁ!楽しみだなぁ!えーっとクニちゃんの好きなもの?わからないなぁ。聞いておくよ」
「じゃあ剣人、よく寝るのよ?おやすみなさい」
「うん!お母さん大好き!おやすみなさい」
和やかに会話を終えた二人。二人はお互いの話に大きなズレがあることに、全く気づいていなかった。
千剣破は、まさか超常現象に息子が巻き込まれているとは、思いもよらない。ゲームに夢中になってはいるが、千剣破は常識人なのである。
剣人は巻き込まれているという意識もなく、超常現象現象という意識もなく、当たり前にすべてを受け入れていた。
互いの認識に大きな隔たりを残したまま、穏やかに夜は更けていくのであった。