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「もしもし、お母さん?剣人。無事ホテルに着いたよ」


夕食を済ませ、お風呂も済ませ、寛ぎながら剣人は母に電話した。


「お疲れ様、剣人。寝台車はどうだった?」


「すっごく楽しかった!鉄橋から見える朝焼けがね、すっごくきれいで。川沿いを歩いんたんだけど空気がとても爽やかで涼やかで、いい気持だった」


「そう、それはよかったわ。剣人が楽しそうで何より。あ、でも知らない人について行ったりしたらだめよ?人からもらったお菓子も食べちゃだめ。人のいない場所もだめ。暗くなる前にホテルに入りなさい」


可愛い子には旅をさせよ。寝台車にどうしても乗りたい、そんな剣人の熱意に押し切られる形で一人旅を許してしまった。一人で大丈夫かしら?送り出してしまってからちょっと不安に思う千剣破(ちはや)であった。


小さい頃からすぐ冒険といっては出歩いてしまう剣人であった。けれど、無茶をしいてるようで、何だかんだと無事に「冒険」を終えている。結局ちゃんとおさまっているのである。


早朝から一人で自転車で出かけて、なかなか帰ってこないと心配することもよくあった。けれど、ちゃんと夜前には帰ってくるのである。


かなり以前、帰れなくなって警察に保護されたこともあったけれど、千剣破(ちはや)は剣人を叱らなかった。


冒険した剣人を褒めながらも、どうしてそんなことになったのか、次からどうしたら良いのか、しっかりと反省会をした。ちょっと剣人が涙ぐんでいたみたいだったけれけど。


「剣人を信じてるわ、がんばったわね」


そう言いながら抱きしめてあげると、顔を胸に(うずめ)めて抱き返してきた。


かわいくて胸がキュンとなった。頭を撫でながら、夜は怖いこと、誘拐魔がいい子を拐おうと跋扈していること、もしかしたら闇に紛れて悪の軍団に出くわしてしまうかもしれないこと、悪者が悪人面をしてるとは限らないこと、悪者は嘘の優しい言葉で陥れようとしてくること、などなど、しっかり言い聞かせた。


その後も一人で冒険に出ることはあったが、スマホアプリなどの活用もしっかり教えた。


電波が通じない場合もあるのでスマホなしでも、太陽やランドマークの位置を見て方向を見失わないにすること、雲の流れや風の雰囲気から天候の流れに気を使うこと、日没までにきちんと家に帰れるよう行きと帰りの時間を把握すること、疲労は急激にくること、水分、糖分などをマメに補給すること、などなど丁寧に伝え続けた。


その甲斐もあってか、冒険好きな剣人を笑って送り出してあげられるくらいには、剣人を信じれるようになった。


「うん、大丈夫。ちゃんとお母さんの教えを守ってるよ」


キュン。ちょっと胸に来た千剣破である。


「偉いわね剣人。剣人はお母さんの誇りよ」


「えへへ。ボクもお母さん大好き!」


すっかりマザコ、、いや、げふんげふん。


「あ、お母さん、ちょっと相談があるんだけど」


「なあに?」


「岡山って、長船(おさふね)とか山鳥毛(さんちょうもう)の場所でしょ?」


『え!?可愛い息子がそんな事を知ってるなんて!』


心で叫ぶ千剣破である。千剣破がいつも頭の声を漏らしているだけであるのだが。剣人は門前の小僧状態なだけであるのだが。


嬉しくて胸を高鳴らせながらも、感情を抑えて素知らぬ声で聞く千剣破である。


「よく知ってるわね。そのとおりよ。それで?どうしたの?」


「あと一泊か二泊延ばしたいんだけど、、だめ?」


「どこか行きたい場所があるの?長船刀剣博物館とか、長船刀匠菩提寺の慈眼院とか、倉敷刀剣美術館とか?」


矢継ぎ早に何か言われて、ちょっと目がぐるぐるした剣人である。しかしこんな状態のお母さんはよく知っている。逆らったり否定したらだめなのだ。「女の子は共感が大切だから」。お母さんに叩き込まれている剣人である。


「うん。そこら辺も行けたら行きたいけど、急だから次回でも良いかなって。備前の町を歩いて雰囲気をもっと味わいたんだ」


町をただ歩くだけで楽しいというのは、ちょっと理解できないけれど、小さな剣人はそれだけで楽しいのだろう。男の子特有の感覚だろうか。好意的に解釈する千剣破である。


「そうなのね?」


「うん。あ、でもさっきの場所も興味あるから、名前をライムで送ってもらっていい?今回行けないとしても忘れないようにしたいから」


母が機嫌良くなるツボを心得ている剣人である。


「わかったわ。ちゃんと毎晩電話すること、暗くなる前にホテルに帰ること、知らない人にはどんなに優しげでもついていかないこと、もらったお菓子は食べないこと、怖いと思ったらすぐ逃げること、ペットボトルの水と携帯食料はちゃんとカバンに入れておくこと、こまめに水分補給すること、、、」


長々と続く千剣破の指導の言葉に、元気に返事を返す剣人である。


千剣破の指導は、その場その場では深く理解されることはなかった。しかし何度も繰り返されることで、剣人の心に刻まれ、いつしか剣人の信条にもなっていた。すっかりマザコ、、いや、2回目である。げふんげふん。


そうして剣人は、無事母からの宿泊延長許可を勝ち取ったのである。来国光からの一泊延長要請に上乗せしての2泊延長要請。あんがい剣人はちゃっかりしていた。

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