24 初めての修行
「は〜 遠い。ねぇ、こっちで剣気は使えないの?」
剣人は川岸を下流に向けて歩いていた。来る時は夢中だったが、かなり上流まで歩いてきてしまったようだ。駅にはなかなかたどり着きそうになかった。
『使えんことはないが、こっちでは消費が激しいでな。すまんが緊急事態以外はあっち限定でお願いしたい』
「わかったよー」
てくてくてく
『剣奈よ、人もおらんし少し修行せぬか?これから敵にも遭遇することになるじゃろう。剣気を使わず、ワシを使いこなせるようになってほしいのじゃ』
「剣気禁止?」
『そういう訳では無いが、剣気は無限でないでの。ここぞという時は使うとして、それ以外は使わんでも勝てる闘い方、それを身につけて欲しいのじゃ』
「わかった!必殺技は最後に取っておいて、それまでは通常戦力で闘うってことだね?」
『そうじゃさすが剣奈じゃ!聡いのぉ』
「えへへ。じゃどうすればいい?」
『まずはワシの持ち方じゃな。ワシの柄を軽く握るのじゃが、刀身が小指側、腕を伸ばして体から遠い側に刃が来るようにもつのじゃ。振り抜きしやすいし、刀がぐらつきにくい。スッポ抜けもしにくい』
「わかった。クニちゃんを実際に持てばわかりやすいんだけど?」
『うむ。そのとおりなんじゃが、今はちと剣気が乏しうてな。そちらに顕現するのはちと厳しいのじゃよ。木刀などがあればいいのじゃが』
「さすがに木刀は持ってないよ」
『おお、いい枝があった。ほれ、その枝を拾うて素振りをやってみよ。右下から左上』
ヒュン
『そうじゃそうじゃ。さすが剣奈じゃ』
「えへへ」
『つぎは左下から右上』
ヒュン
『そうじゃ!上手いぞ!この持ち方は逆手というてな、納刀から素早く抜刀して攻撃しやすいのじゃ。急な対応を迫られた時、素早い抜刀から左逆袈裟斬り、つまり今の振り方じゃな。抜刀から左逆袈裟斬りへの連携じゃ』
「ふうん」
『逆手持ちからの抜刀を想定すると、刀は左腰に刺したほうが良いかの。棟が天、刃が地を向くように』
「え?刀ってベルトに差す時、刃が上じゃなかったっけ?」
『ふむ、ベルト?帯紐のことじゃな。そうじゃな。その差し方が流行っておるようじゃが、逆手持ちで抜刀からそのまま左逆袈裟斬りじゃと、刃が下向きで納刀しておいたほうが自然に振れるからの』
「う、ん?」
『剣奈の言う差し方でも良いのじゃが、どちらかと言うと、刃を上にして差すのは順手で掌を使うて刃を走らせる向きかの』
「たなごころ?」
『うむ手の内ともいう。手のひら側のことじゃよ。刀を振るう時、掌の動き、手首の返しなどが重要なのじゃ。本心を明かさぬという「手の内を見せぬ」という言い回しのも、掌の使い方を明かさぬということから来ておる』
「へぇ。たなごころの使い方って大事なんだね」
『うむ。後のう、剣奈は剣を握る時、強く握りしめぬようにの。かと言ってスッ抜けてしまわぬような加減での』
「うん!」
『そうじゃな、刀を振る時は刀の速さを妨げぬよう軽く、いうなれば卵を握りつぶさぬくらいの加減で持つのじゃ。そして目標に当たる刹那、掌を少し締めるのじゃ。さすれば刃先の速さが増し、切れ味が増す』
「えーっと。普段は軽く握って、敵を斬る直前に力を込めるってこと?わかった!やってみるよ』
相変わらず通じていないようで、通じている二人である。
『そうじゃ、そうじゃ。筋がよいのぉ。さすが剣奈、いい刀筋じゃ毎日繰り返して身につけるのじゃ』
そうして来国光は、剣奈に短刀での闘い方の基本を教えていくのだった。
『この斬り方は、刀で鍔迫り合いをしたり、大きめの敵を上段から斬り伏せたりするには不向きじゃがの、敵の攻撃を躱し、素早く攻撃に転じるにはやりすいのじゃ』
「うん!」
『剣奈は体が小さいじゃろ?じゃから相手の攻撃を躱すことを前提に、躱したあとすぐ攻撃できる闘い方、「後の先」をとるというのじゃがな、そんな闘い方がおうておると思うのじゃ』
「うん!」
『力で斬るのではないぞ。刃先の瞬発的な速さ増しで切り裂くのじゃ。何の抵抗もなく敵を斬り抜いていた。相手は斬られたことに気づかなんだ。そういうのが理想じゃ』
「うん!わかる!剣を振った後の効果線、光る線がきらんって光って、敵が「なんだそれは! 痛くも痒くもないぞ」とかいって。そしたら切り口がキラリと光って、相手の体がズレて、敵が爆発するんだよね!』
『うむ。まあわしの刀身は長くないからの。相手の体を分断するというよりは、切り口があとから開く、という感じかの。あと爆発はせぬが、敵を倒すと敵が霞が散るが如く、霧散する。つまり敵を切ると、敵が消滅するのじゃ』
「敵が消滅するの!?なにそれ!かっこいい!」
『敵の急所を刺す使い方もできる。ただし刺してしまうと、抜く動作が必要になる。刺してすぐ消滅させられれば良いが、そうでなく反撃してきた場合とか、別の敵が攻撃してきた場合、対応が遅れるので時機に注意じゃ。まあこれは実戦で覚えていくしか無いがの』
「わかる!剣が刺っちゃてるときに敵に反撃されたり、別の敵に攻撃されるシーンよくあるもん。敵が筋肉を強くして剣を抜けなくしたりするんでしょ。「ふはははは、からめとったぞ。抜けぬじゃろ。武器を失った貴様は、これで終わりじゃ」とか言ってさ。刺すのは目とか喉とか心臓とかが良いって感じでしょ?」
『おお!さすが剣奈じゃ。感服したぞ』
「かんぷく?」
『うむ。本質の素早い理解に感心し、改めて賢さを見直し、感動したという意味じゃ』
「うおおお。感動させちゃったか!ボクの溢れる才能が隠しきれなかったかぁ』
隠すどころかひけらかし、調子に乗りまくっている剣人である。
『さて、順手持ちもあるが、まずはこの逆手持ちからの左逆袈裟斬り、横一文字斬り、そして急所への突き。この3つの基本動作を体に覚えさせるのじゃ』
『うむ、もそっと右腕はこう、、そうじゃ左腕はこう、、』
『そうじゃ。その時の足の位置はこう。そうじゃ。膝はいつも軽く曲げての、そうじゃ!』
『そこで右足を踏み込みながら、、そうじゃ!』
『腕の力で斬るのでなく、体の回転が生む力を刃に伝えるのじゃ。そうじゃ!』
『体は半身、敵にななめに。そうじゃ!』
剣人は逆手での短刀の振り方、足さばき、姿勢、立ち回り、体の連携などについて、みっちりと指導を受けるのだった。
若い剣人は乾いた砂地が水を吸うが如く、どんどん来国光の教えを吸収していった。