「宝玉の異変」びっくりした記憶 スーブニール1
「いつの間にか増えてる?」
藤倉は待ち合わせをしていた海岸で幽世から戻った剣奈たちを見て驚きながら言った。
「えーっと、その美人さんはどなたかな?」藤倉が尋ねた。
「あ、あのね、色々あって……」
剣奈が顔を赤らめてはにかんだ。藤倉は可憐に紅潮した剣奈に釘付けとなった。
「コイツ、何でも拾ってきやがるからな。あ、アタシもそのうちの一つか」
玲奈が自嘲するように吐き捨てた。
「まあ話を聞こうじゃないか」
山木がにこやかにいった。
「さあ乗船しよう。そしてその新メンバーの話を聞かせてもらって良いかな?」
「うん!あのね……」
…………………………
ビュウ
ゴーー
風が強く吹いていた。キラリ。まぶしい真夏の太陽に剣奈は目を眇めた。陽はまだ高くない。しかし夏の太陽は力強く、周囲の森や山肌、海面を鋭く照らしていた。
黒猿との闘いを終えた剣奈たちは汗ばんだ身体を風にさらしていた。剣奈は来国光を納刀して岩陰に腰を下ろした。
剣奈は熱い息をつき、額を流れる汗を手の甲でぬぐった。東南東の太陽が森の梢や露の滴を白く照らしキラキラと輝いていた。強い海風と太陽が剣奈の濡れたシャツを一瞬にして乾かしていった。
ミシッ
彼女は目を細めて木々の切れ間から遥か南西の渦を巻く海峡を見つめた。潮の匂いと風のざわめきが彼女の肌を撫でた。平和な安らぎが彼女の心の奥まで満たしていった。
熾烈な闘いの余韻はまだ剣奈の身体に残っていた。しかし剣奈は今、自分が生きていることを全身で感じていた。
きらめく光の中、海は静かに白銀に輝いていた。陽光は輝き、世界がすべて一つに溶け合うような束の間の永遠に包まれていた。
ミシッ
鳴門海峡の水面は強い風に波が吠えるようだった。むせかえる潮の香りの中、渦の底に封じられた殺生石の宝玉に黒く禍々しい闇が脈動していた。
玲奈が妙見山の闘いや先山の闘いで感じた違和感。玲奈が見た倒したはずの強敵から何かが逃げ、空高く上り、遠く南の方角に気配。玲奈が感じた違和感の正体がいま姿を現そうとしていた。
それは固く強く封じられた海底の殺生珠を解き放つための邪気の邪悪な企みだった。
どこかおかしい。平和な情景の中のはずなのになぜか心がざわつく。剣奈は心の違和感を抱えて改めて海峡を見渡した。
ポコッ
その時である。妙見山の闘いで倒したはずの強敵の影が不意に剣奈の心に蘇った。
風の奥に満ちるのはただの潮の匂いではなかった。不穏なざわめきが風にまぎれた。先山で剣奈を死の淵に追いやったあの恐ろしい強敵の気配さえ、波のひそみに溶け込んでいた。
玲奈が見た黒い影、それらが目指すものはただひとつだった。鳴門海峡の底深く、千年以上も眠り続けてきたソレはいた。ソレは固く封じられた結界の中にいた。ソレを解き放つ。そのためにだけに邪気は倒された怪異の魂を離れて荒ら巻く渦の奥底を目指したのだった。
幾重にも張り巡らされた強固な結界。それがいまや揺らぎ始めていた。深い海の底で何かが軋む音した。なにがひび割れる音がした。渦潮は突然いっそう鋭く速く流れ始めた。
陽射しの下で眩しくきらめく波間から、誰にも見えない禍々しい気配が静かに立ち昇り始めた。
ミシッ
まだソレは割れていない。結界は解かれていない。しかし永く保たれていた封印は今や息絶え絶えに鳴動を繰り返していた。今にも砕けんとする鼓動が海全体を震わせていた。
剣奈の胸に抗いがたい不吉な予感が満ちていった。すべてが始まる。その刹那を待つ世界の静寂。それだけが今は確かに響いていた。
ピキッ
「剣奈っ!海の底が禍々しく黒く光ってやがる!」
人に見えざるものを視る玲奈の眼が海底で禍々しく光る闇を捉えた。
『剣奈っ!来おるぞ何者かが海底で蠢いておる!』
邪斬の異名を持つ名刀、意志を持つ日本刀である来国光が剣奈に警鐘を鳴らした。
ソレは静かに待っていた。ソレを強固に封じ込めていた「殺生珠」の封印が解けるのを。千年以上もの永い封印から解き放たれ、眠りから覚める瞬間を静かに待っていた。
……
「あの時はびっくりしたよね」剣奈が言った。
「そうだな手ごわい黒猿との闘いを終えてホッとしたところにあの化け物だったもんな」玲奈がつぶやいた。
「おや、化け物とは酷い。これでも私は絶世の美女ともてはやされたのよ?」◯◯が憮然と言い返した。
藤倉と山木はただ静かに耳を傾けていた。幽世でそんな恐ろしい闘いがあったのだ。現世で留守番をしていてよかった。
二人は心のなかでそっとため息をつくのだった………
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『千年たっても愛してる』「第1話 ちとせへて 邪の気に裂かれも……」より抜粋