166 玉藻(九尾の狐)の家族入り 絶叫の母と祖母 マイペースの剣奈(フォト絵)
「ただいまー!」
「おかえり」
「あ!お母さん!」
淡路島での船上パーティーを終え、宝梅の家に帰ってきた剣奈である。山木とは岩屋港で別れていた。
玲奈のビラーゴ、そして藤倉のVストロームでの帰還である。玉藻はキツネに姿を変え、剣奈のリュックから首を出していた。
――――
時は少し遡る。岩屋港が見え始めた時、みんなで玉藻の移動をどうするか話し合っていた。
「俺のバイクの後ろに乗ってくれていいんだが、ヘルメットがなぁ?」
「バイクといいますと?」
「コイツさ」
玲奈がオノコロ丸に積んだビラーゴに手をかけた。
「そうか。玉藻さんはずっと珠の中にいたから……」
「いいえ?鉄の乗り物が走り回るのは見たことがありましてよ?」
「バイクに乗るにはヘルメットを被らないといけないんだよ」
「あらあ?私、飛んでいってもよろしいのよ?」
玉藻が人の姿のままフワリと宙に浮いた。
「だめ!法令遵守!飛行はお母さんと相談してから!」
剣奈が慌てて言った。飛行しながらバイクを追う玉藻を頭に思い浮かべた剣奈である。かっこいいと思った。しかしその直後、怒る千剣破の顔が心に浮かんだのである。
「山木先生のヘルメットは深江港だしなぁ」
オノコロ丸の母港は深江港である。数時間前、剣奈たちの異世界移転を見届けた山木は、車で明石海峡を渡り、鶴甲大学深江キャンパスに向かった。
深江港でオノコロ丸に乗船し、藤倉を迎えに岩屋港に向かった。藤倉を乗せた後、剣奈たちを迎えるため、土生港まで船を回したのである。
帰りは剣奈たちを岩屋港でおろしたあと、オノコロ丸を深江港まで帰さなくてはならない。山木の車は荷物を積んで深江キャンパスに停めてあった。
「なら仕方ありませんわね」
ポワッ
玉藻の姿が消えた。そして……、そこには美しい金色の狐が座っていた。
◆金狐
「え?きゅうちゃ?」
「ええ。きゅうちゃですわよ」金狐が応えた。
「うふふ。可愛い。おいで?」
ピョン
金狐が剣奈にジャンプした。剣奈は金狐を抱きかかえ、頬でスリスリした。
「じゃあバイクに乗ってる時はリュックに入っててもらえる?」
「ええ。いいですわ。でも……、次はもっと風通しのいい場所がいいかしら?」
「わかった!南口(宝塚)のペットショップに行ってペットキャリーの良いの探すよ!」
「うふふ。居心地の良いのをお願いしますわ」
「うん!」
そうして玲奈ビラーゴのタンデムシートに剣奈が乗り、リュックには玉藻が入った。Vストロームの藤倉は一人寂しくバイクを駆ったのである。
―――― そして宝梅の久志本家
「ただいまー!」
「おつかれさま」
千剣破が言った。そして玲奈に向かって微笑んだ。
「あなたが玲奈さんね?はじめまして。剣奈の母の千剣破です」
「お、おう。はじめまして」
「藤倉先生もありがとうございました。玲奈さん、剣奈、まずはお風呂入って来なさい。それからご飯にしましょう」
「はーい。タダっち、ありがとう!楽しかったよ!また遊ぼ!気をつけて帰ってね!バイバイ」
(ひ、引き留めてくれても……)
あっさりと剣奈に別れを告げられた藤倉である。藤倉は哀愁を漂わせながらトトトトっと独特の排気音をさせて帰途についた。
ヒョコッ
剣奈が玄関を入ると金狐がリュックから顔を出した。
「暑かったわ。私もお風呂いただこうかしら?」金狐が言った。
「剣奈!待ちなさい!」千剣破が驚いて声をかけた。
「え?」剣奈がきょとんとして振り返った。
「え?じゃありません。生き物を飼う前に、ちゃんと相談しなさい」
ボワッ
玉藻が姿を現した。
「え?え?えーーーーー!!」
千剣破の絶叫が響いた。
「千剣破、どうしたの?」
剣奈の祖母の千鶴がダイニングから顔を出した。玉藻は二人を見て優雅に微笑んだ。
玉藻はしずしずと膝をつき深くお辞儀をした。そして座ったまま両手を膝上に添えて言った。たおやかなたたずまいだった。
◆玉藻前
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「この度、突然に御前をけがししこと、まことに恐れ入りますとともに、光栄に存じます。私、名を玉藻と申します。しがない狐でございます。剣奈さまにこの身をお助け賜り、ご慈悲にあずかりました。剣奈さまのお誘いのまま、厚かましくも御前に上がらせていただきました。御祖母様、御尊母様、甚だ僭越に存じますが、何卒よろしくご指南賜りますれば、幸甚に存じ奉ります。お導き賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
口上を述べた玉藻が再び深くお辞儀をした。
ギギギギギ
千鶴と千剣破は玉藻の突然の高雅な挨拶に毒気を抜かれ、お互いに顔を見合わせた。そして、千剣破が剣奈の方に顔を向けて問いかけた。
「け、剣奈?ど、どういうことかしら?」
「うん。きゅうちゃは鳴門の渦の底で千年間、封じられてきたんだって。ずっと静かに珠の中で過ごしてたんだよ。それなのに邪気が封印を解いて、きゅうちゃを引きずり出しちゃったんだ。それで闘いになっちゃって……」
「え?」
「きゅうちゃはすっごく強かった……。ボク、きゅうちゃのブレスで身体を溶かされて……、多分一度死んだんだ……」
「え?」
『おそらく、道返大神じゃの。剣奈は生を失い、黄泉平坂に行った。じゃが道返大神により、現世にもどるよう導かれたのじゃろう』
来国光が口をはさんだ。
「ああああ。こんなことなら藤倉先生を帰すんじゃなかったわ。さっぱりわからない」
千剣破が頭を抱えた。
「えっとね。ボクがきゅうちゃを、邪気から解放したの。その時、きゅうちゃのお家が割れちゃって……。きゅうちゃ、もうお家ないんだ……。だからボク、勇者チームにスカウトしたんだ。強い敵と書いて強敵?だからお願い!お母さん、お祖母ちゃん。玲奈姉みたく、きゅうちゃを家に住ませて!」
剣奈、渾身のお願いである。千剣破と千鶴は顔を見合わせた。ふと、千鶴が気づいた。
「玉藻さん?狐?もしやと思いますが、あなたの尾は九本ありはしませんか?」
千鶴が婉曲に探りを入れた。
「はい。ご慧眼恐れ入ります。私、九尾の狐と呼ばれるものにございます」
「「えーーーーーー!!!」」
二人の声がそろった。顔を見合わせた。そして、あきらめたようにうなだれた。
「剣奈。玲奈さん。玉藻さん。まずはお風呂に入ってらっしゃい。お食事用意しておくわ」
(なんでも拾ってくるんじゃありません!)
千剣破の心の声である。しかしそれを言える状況でもないことは、千剣破とてわかっていた。なので……、千剣破は思考を放棄した!
(ペットなら仕方ないか……)
千剣破はあきらめ顔でうなづいたのであった。




