12 トラウマ
女の子になった。思いもしなかった驚くべきことを告げられ、ケントはうろたえた。
「ど、どういうこと?聞いてない!ボクをすぐに戻せ!でないと石にた叩きつけるぞ!折っちゃうぞっ!」
『まてまて、おちつけ。ワシの話を聞け』
「やだやだ!戻せ戻せ!うわーーん」
女の子になった。なってしまった。その事実を受け入れることができず、泣き叫ぶケントであった。
やがてケントは泣きつかれ、膝を抱えて座り込んだ。
「ぐすっ ぐすっ。ボク、男の子なのに」
ケントには大きなトラウマがあった。
…………
幼稚園の年少クラスの頃である。冬の寒い日、半ズボンで出かけようとするケントに、寒かろうと、母はタイツを履かせた。白の厚手のタイツである。
「うわーあったかい。行ってきまーす」
ケントはそのままジャンパーを羽織り、白のタイツをはいて意気揚々と出かけていった。
ケントが暖かさに有頂天になり、半ズボンを履き忘れたことに、誰も気がついていなかった。
母親似の可愛らしい顔をしたケントである。ジャンパーからスラリと伸びる白いタイツの足。はた目にはとっても可愛い、ちょっと色気のある女児に見えた。
男の子たちはからかった。いや、あまりに可憐に見えるケントに、照れ臭さかっただけだったのかもしれない。
「やーい やーい。おんな おんな!」
『おんな』というのが悪口になるのはとっても失礼な話。けれど小さい子供はそのようなことは何も考えていない。相手にダメージを与えられる言葉なら何でも良いのだ。あるいは、自分がすっきりすれば良いのだ。
なんなら、好きな女の子の気を引こうと、気を引く言葉を言ってしまう。照れ隠しの悪口をつい口に出してしまう。それとよく似た感情だったのかもしれない。幼い彼らには、自分でもそれがわかっていなかった。
ケントは、浴びせかけられる悪口に泣いた。ケントのそんな様子を見て、女の子たちは庇ってくれたけれど、逆効果だった。
女子グループに入ったケントは、からかいの男の子達にとって、さらにからかうネタが増えただけだった。
男の子たちは、執拗にケントにまとわりつき、からかいの言葉を放ち続けた。
見かねた幼稚園の先生は、ケントにズボンを履かせ、からかう男の子たちをたしなめた。
騒ぎは一旦収まった。
しかし、女の子とからかわれ続けたことは、ケントにとって大きなトラウマになってしまったのである。