151 血塗れの剣奈 耐えれぬ激痛 マゾッ娘覚醒疑惑?
「いやぁぁぁぁ!」
ブシュゥゥゥゥゥ
「あああ…… い、痛いぃ…… ううぅ……」
剣奈の服が焼けた。無残に焼け落ちた。ブレスがかすった左腕は炭化して黒くなった。剣奈は勢いよく地面に滑り落ちた。
ドシャ ズザザザザ ブチブチブチィ
地面はでこぼこだった。小石交じりの土、そしてところどころに岩が突き出ていた。地面は鋭くとがったおろし金のようだった。剣奈は勢いよくおろし金に突っ込んだ。剣奈はおろし金の上でさんざんにすられた。剣奈の右腕、そして肩から胸にかけて無残に肌は裂かれた。えぐられて、ずたずたになった。血まみれになった。
剣奈の左腕はブレスに焼かれて黒く炭化し、右半身はボロボロの血まみれになってしまった。
ビクンビクンビクン
剣奈は地面に横たわったまま痙攣していた。白目をむいていた。
グオオオオオオオオ!
「妾に、妾に入るなぁ!」
九尾が吠えていた。
剣奈にとっては幸いだった。もし九尾が追撃のブレスを放っていたらどうなったか?
剣奈はもはや避けることができない。直撃を受けた剣奈は瞬時に焼かれ、彼女の全身は炭化して黒焦げになっていただろう。
あるいはとてつもない妖気と高温に全身が瞬時に焼き尽くされ、一瞬にして蒸発させられていたかもしれない。まさに剣奈は死の淵に追い詰められていた。
……妖狐は……、剣奈を見ていなかった。
……追撃は……、来なかった……
「剣奈ぁ!」
玲奈は剣奈に駆け寄った。剣奈は無残な姿だった。服は焼かれ、上半身から腰にかけて裸だった。
輝くほど瑞々しかった肌。それがいまやボロボロだった。左半身は黒く炭化していた。触るとボロボロ崩れそうだった。
右半身は至る所で皮膚が裂け、肉がえぐられ露出していた。血まみれだった。
剣奈の意識はなかった。剣奈は白目をむいていた……。痙攣していた……。明らかに……、致命傷だった……
グオオオオオオオッ!
九尾が再び吠えた。玲奈は妖狐を振り返った。しかし妖狐はこちらを見ていなかった。九尾は激しく身体をゆすり吼え、叫んでいた。
「なんだ?何が起こってやがる?」
本来なら撃墜した剣奈にとどめを刺すところである。いまの剣奈にとどめを刺すことなどたわいもないことだった。
なんならゆっくり足をあげて踏み下ろす。それだけで剣奈はあっけなく四散してしまっただろう。
玲奈には九尾の行動がわからなかった。しかし、追撃が来ないのは幸いだった。
「よっ」
玲奈はそっと剣奈を抱いた。炭化した半身が崩れないように細心の注意を払った。
(ともかくここから離れなきゃいけない。九尾が一人(一匹?)で吠えているうちに……。九尾の注意がこちらに向いてないうちに……)
(逃げないといけない……)
玲奈は剣奈を抱いて静かに歩き始めた。九尾に気づかれないようにそっと。しかし急いで。
玲奈は木が生い茂る茂みに向かって速足で歩いた。九尾から身を隠すために……
玲奈は林の奥深くに分け入った。そして剣奈を横たえた。
剣奈はもう助からない……
せめて剣奈の最後の時には側にいてやりたかった。玲奈は剣奈の髪をやさしく撫でた。
「こんなボロボロになりやがって…… それでも離さねぇのかよ。テメエの分身を……」
玲奈は来国光を右手に握ったまま血まみれになった剣奈の右半身を眺めた。
「ん♡んんんんん♡ ああああん♡」
こんな時にナニ悶えてやがる。痛みを快感に変えちまったのか?
今際の際に変な快感に目覚めやがって……。 が……、痛み苦しみながら逝くよりはましか……
玲奈はいきなり嬌声をあげはじめた剣奈を優しく見守った。
そういやコイツ、結局、処女のまま死ぬのか……。まあ普通の女じゃ得られない快感を何度も味わってるしな……
自覚してねぇようだが女の幸せはもう味わったか……。ならもう本望だろ……
玲奈は優しく剣奈の髪を撫でた……。 死にゆく剣奈を最後まで看取るつもりだった……
――ある特殊な性癖を持つ人が痛みを快感に感じることはよく知られている。その性癖の人は痛みによる刺激を脳で快感に変換させているのである。無自覚に。
医学的にみると痛みは前帯状皮質、島皮質、扁桃体、前頭前野などにより処理される。前帯状皮質(anterior cingulate cortex)で人は痛みの不快感や辛さを強く知覚する。
島皮質(insula)は痛みの感覚的・情動的な神経信号や痛覚信号をの統合を行う中枢である。扁桃体(amygdala)は痛みに対する恐怖、不安、ストレス、記憶の処理を行う。そして前頭前野(prefrontal cortex)は痛みを意識的に認知する。
強烈な痛みを与え続けられた人は身体に防御反応が起こる。時としてこれら脳内処理がバグるのである。痛み刺激は通常「不快な感覚・情動」として前帯状皮質・島皮質に入力される。
しかし特殊な性癖の人は……、いや、もうめんどくさい。被虐趣味、マゾヒスト、マゾっ娘と呼んでしまおう。もういいや。
マゾっ娘は痛みの情報を無意識的に、前向き、ポジティブに身体がとらえるのである。
扁桃体や前頭前野は痛みを「快感」として認識するのである。するとどうなるか?痛みによる「痛い」、あるいは「辛い」というネガティブ感情が抑制される。
そして報酬系部位、腹側線条体(ventral striatum)や眼窩前頭皮質(orbitofrontal cortex,OFC)が活性化する。
すると脳は「痛み」の刺激を「快感」として認識するのである。この際、脳内物質のオピオイドやドーパミン系などが活発に分泌されることが知られている。
玲奈は思った。剣奈がマゾっ娘になったのであれば……。マゾっ娘に目覚めたのであれば……。快感の中で幸せに逝けるのではないかと。むしろそれは剣奈の幸せではなかろうかと……
「なんならテメエをマゾッ娘として存分に可愛がってやってもいいんだぜ……。だから元気になれよ……」
玲奈の目が潤み、一粒の涙が頬をつたった。玲奈は愛おしく、優しく剣奈を見つめた……
◆血塗れし肌 咲く華の艶
サラリ。サラサラ。サラリ。
玲奈は剣奈の頭をやさしくなでた。死にゆく剣奈を安らかに送ってやるつもりだった。
「ん?まてよ?ついこの間、似たようなことなかったか?」
九尾のあまりにもの圧倒的脅威に玲奈の精神は支配されていた。あの暴虐な妖狐からいかに剣奈を逃がすのか。せめて安らかに逝かせてやることは出来ないのか。そのことしか頭になかった。
九尾の意識から逃れ、身を隠せる場所に逃げ込めた。剣奈を横たえて静かに頭をなでた。それらは玲奈に精神的余裕をもたらしたのである。
玲奈ははっと思った。
「あのエッチィ潤んだ声……もしかしてアタイの勘違いか?全身の痛みを気持ちいいと思ってたんじゃねぇかも?マゾッ娘になったんじゃねぇのかも?」
そして玲奈は異変に気づいた。剣奈の身体が白黄に薄っすらと輝き始めた。