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146 俊敏なる黒猿 玲奈、奇跡の曲がる弾道

 玲奈は照準を定めた。


 バシュ、バシュ、バシュ


 玲奈が三発の剣気弾を撃った。しかし……


 ヒョイ


 玲奈が引き金を引く瞬間、黒猿が身をかわしたのである。玲奈はあっという間に三匹の同胞を消滅させた。そのため玲奈の剣気弾を黒猿は最大限に警戒していたのである。

 玲奈が弾をかわした黒猿に気を取られた。その瞬間である。

 

 バチィ バキッ


 玲奈の腕が空高く持ち上げられた。玲奈の意識から外れたもう一匹の黒猿が玲奈に忍び寄っていた。そして玲奈のM92Fを下から殴りつけたのである。

 M92Fはひしゃげて分解して空中にはじけ飛んだ。

 

 黒猿の攻撃が玲奈の手を直撃しなかったのは幸いであった。もし玲奈の手に黒猿の拳が直撃したならば。玲奈の手はひしゃげていただろう。爆裂していたかもしれない。


 タッ

 

 着地した黒猿は……そのまま玲奈に向けて跳躍してきた。

 

 ゴロゴロゴロ


 玲奈は地面を転がった。黒猿の跳躍を避けた。黒い影が玲奈を覆った。今度は銃弾を避けた黒猿が玲奈に向けて跳躍してきたのである。


 ゴロゴロゴロ


 玲奈は勢いを殺さず転がり続けた。人ならざるものを見通す玲奈の目。そして彼女の研ぎ澄まされた感覚。玲奈はもう一匹の禍々しい気を放つ黒猿、それをしっかり認識できていたのである。


 銃を弾き飛ばされた瞬間、玲奈は二匹の禍々しい気をとらえていた。一匹が跳躍してくるのを、そしてもう一匹が回り込んで跳躍してくるのを。

 

 玲奈は転がりながらLCP IIを抜いた。着地した黒猿の禍々しい暗黒核に向けて、至近距離から撃った。


 ピシュ、ピシュ、ピシュ

 ブワッ


 黒猿の暗黒核が撃ち抜かれた。さすがに至近距離からの弾は黒猿も避けられなかったのである。核を爆裂させられた黒猿は黒霧となって消滅した。玲奈の前に残一匹、剣奈側に三匹。計残四匹。


 「ん♡」


 剣奈は走っていた。黒猿三匹の群れの中央に向けて。

 

 ヒュン


 樋鳴りの音が響いた。抜刀からの左逆袈裟斬り。しかし。

 

 ヒョイ


 飛びかかった黒猿は空中で身を躱した。そして……左右に展開していた二匹の黒猿が同時に剣奈に飛びかかってきた。

 

 「ん♡」


 剣奈は仰向けに倒れ込みながら二匹の跳躍を躱した。そしてそのまま袈裟斬りで右から飛びかかる黒猿を狙った。

 

 ヒラリ


 黒猿は空中で身を捩って剣奈の斬撃を躱した。

 

 「ん♡」


 剣奈は両足を空中高く持ち上げて伸ばした。腹筋を縮めて捻りながら蜻蛉返りを行った。そして着地した。

 

 タッ


 後ろ向きになった剣奈はそのまま大地を蹴った。猛烈な勢いで真後ろにいた黒猿に向けて刺突を繰り出した。


 ブワッ


 黒猿は刺突を避けることができなかった。剣奈に身を貫かれ、黒塵と化した。黒猿が消滅した。残るは剣奈の周りに二匹。玲奈の近くに一匹。合計三匹。


 黒猿は剣奈を前後から挟むようにフォーメーションを組んだ。そして同時に走ってきた。前後から剣奈を挟み撃ちである。


 タッ


 後方の黒猿が剣奈のうなじに向かって跳躍した。人体最大の急所の一つ、延髄を食い破ろうとの算段だった。


 タッタッタッタッ


 前方の黒猿は左右にジグザグに跳びながら剣奈に接近してきた。

 

 明らかな陽動であった。前方の黒猿が左右の素早い動きで剣奈の注意を引く。本命は背後。後ろから跳躍した黒猿が剣奈のうなじに食らいつく。そんな作戦だった。


 「ん♡」

 

 剣奈は右手の肘を支点にして腕を回した。手首が勢いよく円の動きで動いた。


 シユッ


 来国光が後ろから勢いよく跳躍していた黒猿に突き刺さった。刺突。剣奈の左手のひらは来国光の柄頭を右手ごと包んでいた。そのまま後方に押し込んでいた。

 

 黒猿の作戦は見抜かれていた。盲視を、心眼を体得した剣奈に後ろからの攻撃は無意味だった。剣奈の眼はとらえていた。前方で激しく左右に移動する黒猿を。同時に心の目はとらえていた。背後から猛烈な勢いで跳躍してくる黒猿を。

 

 ブワッ


 口から後頭部を貫かれた背後からの黒猿。黒怪異は黒霧となり空中に解けた。残る黒猿は剣奈の前に一匹、玲奈の前に一匹、わずかに二匹。


 ビョン


 玲奈の前方にいた黒猿が勢いよく玲奈に向かって跳躍した。黒猿は考えていた。女が銃を撃つそぶりを見せた瞬間、空中で身をひるがえしてよけてやろうと。そしてそのまま鋭い爪で女の腕、あるいは脇腹を存分に切り裂いてやろうと。

 女は血しぶきをあげて苦し気に身もだえるであろう。痛みに集中が途切れた女を死角から襲ってやればよい。そして女の喉笛に牙を突き立ててやろう。か細い喉から血潮を勢いよく噴き出させてやろう。


 黒猿は跳躍しながら待った。女の右肩の筋肉がピクリと動くのを。右手の人差し指に力がこめられるのを。


 しかし玲奈は待った。トリガーに指を駆けながらも待った。跳躍した黒猿が跳びかかるのを悠然と見ていた。


 黒猿は思った。臆したか。なすすべがなくなったか。ならばそのまま存分に喉笛に食らいついてやろう。


 黒猿は大きく口を開けた。ギラリ。黒々しい牙が陽光に鈍く光った。


 グラリ


 玲奈はそのまま後ろに倒れこんだ。喉笛を狙った黒猿の牙は……空をかんだ。そして今。黒猿と玲奈はお互いの呼吸がかかる距離にいた。

 玲奈の右肘がいつの間にか曲げられていた。銃口は空を向いていた。黒猿の腹に接するように。その銃口の僅か後ろ、邪気の核があった。

 

 パシュ、パシュ、パシュ


 玲奈は肘を曲げながら、銃口をずらしながら、引き金を三度引いた。一発目は黒猿の腹を黒霧に変えた。黒猿の腹はすり鉢状に凹んだ。

 二発目の弾は凹んだ先の黒猿の身をさらに黒霧に変えた。そして禍々しい邪気の核が露出した……

 

 バシュ

 バキン

 

 三発目の弾が黒猿の邪気の暗黒核に見事に命中した。そして暗黒核を爆裂させた。


 ブワッ


 黒猿が黒霧になって空中に解けた。


 玲奈にはわかっていた。跳躍する黒猿に剣気弾を撃ったとて、空中で黒猿に躱されるのが。そして撃った後の僅かな硬直の間に、己が黒猿の牙、あるいは爪に切り裂かれるのを。

 

 だから待った。黒猿が己に接近してくるのを。そして黒猿の大口をあけた牙の攻撃は後ろに倒れこみながら躱した。

 

 その時、玲奈の銃口はほとんど黒猿に接していた。この至近距離からではいかに俊敏なる黒猿といえども不可避であろうと思った。

 

 あとはしくじらない様に禍々しく光る暗黒核に向かって剣気弾を放てばいい。問題は猛烈な速さで動く黒猿の暗黒核をいかに狙いを外さずに剣気弾をぶち込めるかである。

 

 玲奈には難しい理論はわからない。しかし本能がわかっていた。肘を支点としたモーメントが剣気弾に特殊な動きを与えるのを。 


 玲奈が引き金を絞った瞬間、剣気弾が勢いよく射出された。しかしその白黄の弾は真っ直ぐには飛ばなかった。発射の直前、玲奈の右肘はわずかに旋回していた。ごくわずかな捻りだった。

 それは玲奈の本能なのか、それとも何度も繰り返した訓練の賜物だったのか。それは玲奈自身にもわからない。

 しかし玲奈が肘を支点に前腕を移動させたことでLCP IIの銃口はミリ単位で傾いた。その動きは瞬間的にモーメントを発生させた。


 玲奈が放った白黄の弾は黒猿の皮を、身をえぐりながらもどこか奇妙な弧を描いた。見た目にはわからぬほど微細な回転だった。

 しかしその弾道は、確実に暗黒核をとらえていた。放たれた弾道は奇妙な弧を描きつつ、まるで吸い込まれるように暗黒核に向かった。

 

 それは理屈で説明しようとすれば多くの数式を要する複雑な現象であったろう。射出される弾丸に与えられる力。バレルで回転させられる弾丸の生む推進力。移動する肘と手首が与える弾丸へのモーメント。そして黒猿の皮と身の弾性力、抵抗力。それに減衰する剣気弾の威力。変化させられる角度。

 

 あるいは理学部教授の山木なら計算可能だったかもしれない。しかし……中卒の玲奈は物理学など知らない。

 玲奈にとってはただ、新たな「撃ち方の癖」を身に着けた。そして撃った。それだけである。


(馬鹿な。弾が曲がるだと!)


 暗黒核を撃ち抜かれる瞬間、黒猿の脳裏に驚愕の戦慄が走った。そして黒猿の意識は闇に沈んだ……。永遠に……


 ドサッ


 弾を撃ち終えた玲奈はそのまま後方に倒れこんだ。背面から地面に倒れこみながらも……、彼女は静かに笑った……


「玲奈姉!」


 前方の黒猿を刺突した右肩からの俊敏なる袈裟斬りで滅した剣奈が振り返った。ちょうど大口を開けた黒猿の牙が玲奈を屠ろうとしていた瞬間だった。 剣奈の心臓が凍り付いた。人にあの攻撃を避けるのは無理だ。


 しかし玲奈は避けた。しかも倒れこみながら三発の弾を撃った。そして、最後の黒猿を玲奈が見事に仕留めたのである。


 玲奈は静かに起き上がった。彼女はLCP IIをもった右手を顔の前に掲げた。左手は右手の手首をつかんだ。その姿勢のまま玲奈はギュっと目をつぶった。

 

 勝利の喜びだったのか。あるいは会心の「曲がる弾道」射撃を会得した歓喜だったのか。

 玲奈自身にもそれはわからない。玲奈はしばらく自らに沸き起こる感情の余韻を味わっていた。

 

 重力でもない。風でもない。玲奈は……手首と肘のモーメントが与える弾道射線の魔術を会得したのだった。

 

「玲奈姉、すごいよ!あんなの見たことない!」


 剣奈が興奮して叫んだ。玲奈は静かに銃を下ろした。何気ない風を装いながら。


 それから玲奈はわずかに笑んだ。風はそっと玲奈の髪を撫でた。柔らかな絹に触れるように。

 光を帯びた彼女の赤髪は揺れながら短い夢を描くような軌跡を残していた。


 来国光は確信した。

 

(この娘も神に愛されておる)と


玲奈

挿絵(By みてみん)

 

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