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144 諭鶴羽山へ 山木の裏切り 藤倉呆然

 藤倉たちは神戸淡路鳴門自動車道を走っていた。宿泊地の鶴甲大学マリンサイトは淡路島の北端に近く、諭鶴羽山(ゆづるはさん)は淡路島の南端に近い。ほぼ淡路島を縦断することになる。

 藤倉はマリンサイト最寄りの淡路ICから神戸淡路鳴門自動車道に入った。途中、緑PAで休憩をはさみ、西淡三原ICで高速を降りた。そこから淡路サンセットライン(県道31号線)、そして南淡路水仙ライン(県道76号線)を経て灘山本に至る。

 

 淡路サンセットラインは淡路島の西海岸を南北に走る県道31号線の愛称である。美しい瀬戸内を眺めながら走るドライブコースである。海が西側にあり、瀬戸内海に沈む壮麗な夕陽を見ることができる。

 藤倉が北淡ICで降りて海沿いを走れば美しい海岸線を堪能できた。しかし時間節約のため海岸線はスルーしてしまった。剣奈残念。

 南淡路水仙ラインは南あわじ市と洲本市を結ぶ県道76号線の愛称である。南あわじ市南部の海岸線の美しい海を堪能できるルートである。五百万本の野生の水仙が風にそよぐ「灘黒岩水仙郷」や野生猿を間近に観察できる「淡路島モンキーセンター」もある。しかしこれらはいずれも灘山本より少し先である。

 研究一筋で女性をエスコートしたことがない藤倉である。ドライブルート選択としては完全に最適なスポットを外している。剣奈は折角の夏休みの旅でもあるのだ。藤倉、もう少し勉強したまえ。

 

 しかし剣奈は、

 

 「わぁ、風が気持ちいい。海が綺麗」

 

 チョロかった。

 

 灘山本からは海岸線を離れて山を登る。斜面で敵に迫られると逃げることが難しい。そこでひとまず逃げやすい海岸沿いのこの場所で幽世に行くことにしたのである。


『それでは参るかの』来国光が問いかけた。

「藤倉と山木先生はここで待ってた方がいいぜ」玲奈が言った。


 山木は思った。確かにその通りなのだと。自分の役割は彼らに地質と地脈についての知識を提供することである。それはすでに果たした。今彼らについていこうとしているのは、ただの自分の好奇心なのである。それは命の危険を冒してまで行くようなことなのか。剣奈たちから土産話を聞けばそれでいいのではないか。

 一昨日、巨蛸との闘いの後、幽世から帰還した時、山木は同じことを考えた。あの時はついて行こうと決心した。護身用のLCP IIも購入した。昨日十分練習を積んだ。

 しかし。黒犬に向けられた殺意。黒巨蛸から自分たちに向けた殺傷力十分の遠距離攻撃。それらの記憶は山木の心に深く突き刺さった。そして時がたつほどに怯えの感情は大きく膨らんだ。


「そうだね。今回はひとまず別行動としようか。私たちはいったんマリンサイトに帰ろう。そしてこの場所まで船をまわすよ。前の黒巨蛸のように海から攻めてきたときに対抗できるかもしれないしね」


 藤倉はそれを聞いて、


(私たちだと?このジジイなんてことを言いやがる)


と心の中で暴言を吐いた。

 

(とんでもない。嫌なのだ。闘う剣奈の姿を見たい。輝く躍動を見たい。追い詰められている悲壮な剣奈を見たい)


 自分でもとんでもないことだと思う。おかしいと思う。しかしである。追い詰められた剣奈はすさまじい色気を放つのだ。美しかった。魅せられた。麻薬のようなものだと思った。


(あの感覚を味わうともう戻れない)

 

 そして乙女舞である。敵にさんざんに打ちのめされてボロボロにされる剣奈。そこから復活しての乙女舞。最後のあの神々しい舞い。あれだけは外せない。

 飲み会のあとの清涼なる冷たい炭酸水にも等しい。なんならあれを見るためだけに自分は苦しい思いをしてもいい。


 そばにいたいのだ。


「山木先生。先生のお気持ちはよくわかります。そして船を出してくださるお気持ちは非常にありがたいです。しかし私は幽世で闘う剣奈ちゃんの、彼女の何らかの役に立ちたいのです。ひょっとすると私の経験から何らかのヒントが出るかもしれません。蛸の怪異のいわれを説いたように。狸や猪の怪異の伝承を彼女らに伝えたように」藤倉が言った。


 でっちあげである。盛りまくりである。藤倉は思った。


(何が何でも剣奈と一緒にいたい。正直自分の知識は事前の心構えや後からの解釈であって、その場の戦闘で役に立つ知識を披露できる自信はない。しかしそれを言っては身もふたもない。自分は妖艶な剣奈を見たいのだ!)

 

 来国光はそんな藤倉の邪念はお見通しだった。しかし静かに沈黙を貫いた。藤倉の知識が役に立つことは事実である。しかし彼が闘いの場では全くの役立たずであるのも事実だった。

 来国光の口からそれを言うのは憚られた。あまりに藤倉の思いを踏み躙る言葉だったからである。


「みんな、聞いて。ボク、みんなと一緒に全部の冒険を続けたいと思ってる。それがパーティだから……。でも……、ごめんなさい。ボク、まだ弱っちくて、みんなを守りきれないんだ。タダっちごめんなさい。山木先生ごめんなさい。ボク、二人を守り切る自信がまだ……ない……」

「剣奈ちゃん……」


 藤倉が絶望の目で剣奈を見た。正論である。正論すぎて逆らえない。

 

 剣奈は心からみんなに申し訳ないと思った。しかし、前回の闘いで剣奈は敗北したのである。巨猪に散々に蹂躙されたのである。死の扉を開いたのである。

 そんな自分が藤倉と山木を守り切れるとは到底思えなかった。


「ボクが弱いのが全部悪い。ごめんなさい。だから……闘いの時は安全な現実世界で待っていてください。お願いします。でも、ボクたちはパーティだから、地脈を正す乙女舞の時はみんなにいて欲しいんだ。その方が……ボクも一生懸命舞えるから」


 剣奈は藤倉と山木に深々と頭を下げた。藤倉はしょんぼりしながらもそれが正しいと受け入れた。山木は心底恐怖を覚えていたので闘いの場にいかなくて済んだと心から安堵した。


「藤倉、寄越せ。貴様の装備全部」


 追い打ちをかける玲奈であった。藤倉は呆然と玲奈に従った。



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