142 足の裏で踏まれる恍惚 男同士の絆
「藤倉ぁ!正座しやがれ。全く凝りもせず、場もわきまえずあさましい姿見せやがって。マジ死ね」
玲奈が吼えた。
――時は少しさかのぼる。
剣奈たちは先山での死闘を終え、現世に戻った。そして洲本から国道二十八号線、淡路島西の湾岸道路を北上して鶴甲大学マリンサイト合宿場を目指した。
死闘を制した剣奈である。疲れているはずである。剣奈を気遣った玲奈は、少しでも早く帰着できるよう高速を使うことを提案した。
だが。
「えー。ボク、海沿いのあの道、大好きだなぁ」
幽世での戦闘で一番頑張った剣奈の望み。それはなにより最優先である。剣奈の望みをかなえるため、一行は国道二十八号線を北上した。なお、この国道沿いには全国でも珍しいバイク神社がある。そして……後に剣奈と強い縁のできる仲間ゆかりの場所も……
「わぁ!海だ!海だ!」
剣奈は玲奈のビラーゴのタンデムシートでご機嫌だった。しかし、やがて。
コクリ、コクリ
激闘で疲れ果てていた剣奈である。やがて……頭を前後左右に揺らして眠り始めた。タンデムシートの剣奈の揺れを察知した玲奈はバイクをいったんとめた。そしてサイドバッグからハーネスベルトを取り出した。タンデムベルトは、後部座席の子供が寝ても大丈夫なように開発されたツーリングギアである。
玲奈はタンデムベルトを剣奈に装着した。そしてそれを自分につないだ。そうして一行は再びマリンサイトに向けて走り出したのである。
剣奈が起きていたら?
「えー。ボク、赤ちゃんじゃないからいらないかも……」
そう言ってかたくなに装着しなかったタンデムベルトである。
マリンサイトに帰着した剣奈はいつものように近所の食堂で大量の夕食をとった。お腹いっぱいになり、上機嫌で再びマリンサイトに帰ってきたのである。
――――そして冒頭のセリフに戻る。
「藤倉ぁ!正座しやがれ。全く凝りもせず、場もわきまえずあさましい姿見せやがって。マジ死ね」
「ごめんよ。ホントに悪いと思ってる。情けなく思ってる。剣奈、こんな俺に罰を与えてください。立ち直るため、剣奈の足で俺の顔をぐりぐり踏みつけてください」藤倉は情けなく言った。
「え?ボクがタダッちを踏んじゃうの?確かに……踏みつけられたら罰になるけど……、ほんとに良いの?って、タダっち一体何やったの?」
「それは聞かないでおくれ。剣奈ちゃん、後生だ。俺に罰を。罰をください。俺を踏みつけてください」
剣奈は訳がわからかった。けれど藤倉がこれだけ懇願してくるのである。何か男としてのけじめがいるんだろう。そう思った剣奈は「男同士の絆」を重んじた。藤倉の言葉に従うことにした。
さすがに靴下のままでは失礼だろうと靴下を脱いだ。そして足を洗いに行こうとした。
そのときである。
「いいんだ!靴下を脱いだその足でいいんだ!さあ、俺に罰を!」
藤倉が大声で叫んだ。剣奈は何が起きているのか訳が分からない。剣奈は理解しないまま、頭にクエスチョンマークをたくさん浮かべながら足をあげた。そして靴下を脱いだ素足で藤倉の頭を踏んづけようとした。
と、藤倉が顔をあげた。剣奈の左足はぺちゃっと藤倉の顔面を覆った。
「ああああああぁぁぁ。剣奈ちゃん!」
藤倉は剣奈の素足に顔面を踏まれながらうっとりと瞳を閉じた。
「これ……罰じゃねぇよな。ご褒美だよな……」
玲奈は心底いやそうな顔をして呟いた。山木もおぞましいものを見るような何とも言えない嫌悪の表情を浮かべて目をそらした。
藤倉は剣奈のペチャっとした足の裏の感触を顔全体で味わっていた。足の裏だというのにほのかに漂ういい香りにうっとりしていた。まさにご褒美である。逆効果である。
ドゴォ!
玲奈の踵が藤倉の頬にめり込んだ。藤倉は吹き飛んだ。
「ひ、ひどいなぁ。むち打ちになっちゃうじゃないか」
藤倉は恨めしそうににらんだ。
「むち打ちになりやがれ!そしてパーティーから抜けやがれ。ちょうどいい!」
玲奈が冷たく言い放った。
「ごめんなさい!この通りだ」
藤倉が見事な土下座をかました。ジャンピング土下座であった。玲奈に向かって飛んだと思うと、そのまま頭を床にこすりつけた。そして反省するからパーティーから放逐しないでくれと懇願した。
「はぁ」
玲奈はあきれながら変態ロリコンオヤジを見つめた。
(足裏フェチまで開眼させやがって……)
心底軽蔑のまなざしで見つめた。そしてこれは一生治らないと諦観の境地に至った。
つまるところ、この変態ロリコンオヤジを受け入れるのか、追放するのか、二択である。
剣奈を見たところ、汚い欲望にまみれた想像をされたことに全く気付いていない。何とも思っていない。
裏を返せば……藤倉は剣奈にとって完全に対象外なのだ。そして藤倉は……役に立つことは役に立つのだ。知恵袋として、調達係として。アッシーとして。連絡係として。
心底汚らしくて反吐が出るが、そこにさえ目をつぶれば藤倉は使えるやつなのだ。
剣奈に異性として全く対象とされていない。藤倉側でみれば、剣奈に手を出す勇気もないヘタレ。
(まあ自慰くらいは許してやるか)
玲奈は諦めた。棚上げした。放り投げた!
そして玲奈は剣奈に聞いた。
「こいつはクズだ。剣奈が一生懸命闘ってるというのに。その姿に欲情するクズだ。しかも汚らしい欲望をぶちまけるクズだ。そんな汚らしいクズ、アタイはパーティーから追放すべきだと思うんだけどな」
「タダッちが何を考えたのかボクにはわからない。でも、ボクだって頭の中でずるいことは考える。黒犬が怖くて逃げた。鬼が怖くて逃げた。人殺しが嫌で逃げた。お姉さんと闘いたくなかった。狸をやっつけたくなかった。猪に怯えたし、闘いをあきらめた。ボクだって卑怯なんだ。人のことは言えないよ。誰だって弱さを抱えていて、でもそれと付き合って、それを乗り越えて成長していくんだよ。タダッち、男同士の約束だ!ボクと一緒に成長しよ?」
――いや、違うから。剣人ワールドの理解と藤倉のエロ妄想は全く違うから。しかしまあ、剣奈がいいならいいか。それに「男同士……」。藤倉……残念。望みマイナス百五十パーセント!
「剣奈ちゃん、ありがとう。俺、心を入れ替えるよう努力するよ。だから……俺にもっと罰を与えてくれ。俺の顔を踏んづけてくれ」
ドゴォ!
玲奈の踵落としが藤倉の脳天をとらえた。
(藤倉は全然反省してやがらなかった。それどころか欲望フルパワーでさらなる変態ワールドに突っ走りやがった。ホントにいいのか?剣奈は斜め上の剣人ワールド理解で藤倉を許している。しかし全然違う。剣奈は己の弱さと向き合い、そしてそれを乗り越える勇気を育もうと藤倉に言ったのだ。それに返す言葉が俺にもっと快楽をくれだぁ?)
玲奈は心底変態藤倉を軽蔑した。そして。
(変態に鉄槌をかまして剣奈を守るのがアタイの役割かもな)
とパーティーでの新たな自分の使命に目覚めるのだった。
藤倉はパーティー存続を許された。しかし、藤倉の性癖はどんどんねじ曲がっていきそうである。
――いっそ、今後ますます藤倉に鉄槌を下すであろう玲奈を女王様と崇め、二人でくっついちまえばいいんじゃね?そして玲奈、客観的に見れば、なかなかに厳しい人生から教授婦人へランクアップだよ?下剋上の玉の輿じゃね?
――ピコン、ハッピーエンドルート36「藤倉玲奈のウエディング」への分岐が生まれました。なんちて。
――――
などと……本話を執筆しているときはフラグを立てているつもりでした。まさか、まさか!フラグより先に現実が先にこようとはっ!
→『赤い女の幽霊』「2-6 五十路の童貞おっさん ぴちぴちギャルで童貞卒業! まじっすか!」