140 黄泉からの土産 必殺技会得! 賑やかな剣奈パーティー 懲りない奴
太陽が剣奈をやさしく照らし、包んでいた。
ヒュウ
風が吹いた。優しい風だった。
幾陣かの微風が剣奈をやさしく包んだ。そして。
「ん♡」
剣奈が悩ましげな声をあげた。玲奈は目を眇めた。剣奈の身体があまりに神々しく光り輝いたからである。
その光は……、白黄に輝く神光は……、藤倉と山木にも、見えた。
剣奈を包んだ光は優しく強く剣奈を取り囲んだ。剣奈を照らす太陽は優し気に微笑んでいた。
玲奈には見えた。剣奈の身体に光が浸透し、傷が癒されていくのを。光は肚の糸を太くし、脈動させていた。
「あ♡、あ♡、あ♡、ああああああん♡」
剣奈は身体をのけぞらせた。身体がヒクヒクと細かく痙攣した。そして……、高く峻烈で色気香る……そんな声をあげた。
玲奈は癒されていく剣奈の身体を見た。そして……その代償に与えられる理不尽な快感……それを目の当たりにした……
玲奈は……、神に感謝しつつ……
神を憎んだ……
山木は目の前で起こった奇跡をただ驚き呆然と見つめていた。
藤倉は前かがみになっていた。目をぎらぎら輝かせていた。剣奈をガン見していた。ビクンビクン。藤倉の身体が痙攣したように見えた。
剣奈は夢を見ていた。一人暗い闇の中に取り残される恐ろしい夢だった。
そこは坂だった……。大きな岩が坂の出口を塞いでいた……。
漆黒の闇が剣奈を包んでいた……どこまでも深い闇だった……
「クニちゃ?、クニちゃ!」
剣奈は来国光に必死に呼びかけた。しかし。来国光からは何の反応もなかった。
剣奈は絶望に心を侵された。呆然とした。そして……自我を手放そうとした……。もういい。そしてこのまま闇の中に自分が同化していく。自分が闇に……なる……
そんな気がした。
サラリ、サラサラサラ……
剣奈の髪が微風に柔らかく揺れた。後頭部に暖かな柔らかさを感じた。そして瞳に……、閉じられた瞼を通して……、温かい優しい光が……感じられた。暗く取り残された自分を……陽光につつんで引き上げてくれている……そんな幻想を抱いた。
砕かれて陥没した胸。溶かされてドロドロに爛れた幼い乳房・腹・腰・太もも。ずたずたに破裂した内臓。
それらが柔らかい何かに包まれたような。トロトロの蜂蜜になってしまうような。そんな感触に包まれた。
痣だらけだった。満身創痍だった。そんな傷だらけの……身体中激痛に包まれ、もはや痛みとはなんだったかわからなくなるような剣奈の全身から……痛みが消えた。
剣奈は……、暖かなナニカに……包まれ癒されている気がした。気持ちよかった。とてつもなく気持ちよかった。快感が沸き上がった。いや快感に突き上げられた。抑えられない……気持ちよさだった。
どれくらい経ったろう。剣奈はぼうっと瞼を開いた。
ぼやけた瞳に何人かの輪郭がぼんやりと映った。真ん前に心配そうに見守る気の強そうな女性の顔が見えた。少し離れて心配そうに見守る老人の顔が見えた。そして少し頬を紅潮させ、しかし心配そうに、それでいて何やら食い入るように見つめる変態オヤジの顔が見えた。
はっ!
藤倉の変態顔ビクッとなった。本能的に意識を呼び覚まされた。びっくり驚き意識を戻した剣奈である。まさかの藤倉強心剤!?
「クニちゃ?、クニちゃ?」
剣奈は瞳をキョロキョロさせて来国光を探した。剣奈はしっかり来国光を握りしめていた。
『なんじゃ、人騒がせな。またワシの剣気を使い果たしおって……』
来国光はおどけた声で剣奈に語りかけた。
最後の攻撃でめいいっぱい剣気を吸われた来国光である。黒巨猪が消え去るのを見て安堵した。そしてそのまま意識を手放した。
気がついた時……一筋の細い光が……来国光の意識に届いていた。暖かかった。
そして……その光は徐々に強まっていった……
この感覚は来国光には覚えがあった。弓削塩之内断層の闘いで来国光がほぼ消滅したときと酷似していた。
(あぁ、またワシは死にかけたのじゃな。また……死に損なったのじゃな……)
来国光は己に起こったことを自覚した。そしておどけた声で剣奈に語りかけたのだった。
「クニちゃ……、クニちゃ!よかったぁ。ボク、ボク……一人で暗闇に取り残される夢みてさ……。クニちゃは返事してくれなくて……、そのまま諦めて暗闇に飲みこまれたんだ。怖かったー。まるで死んじゃうような感覚だったんだ……」
(((いや、お前ほぼ死んだだろ。それ……臨死体験だろ!)))
見守る三人は声をそろえて心で絶叫した。しかし……あまりにあまりのことなので全員口をつぐんでいた。
そして……復活した剣奈を見て三人とも涙を流して喜びを噛みしめた。
「オメェ、ほぼ死んでたよ」 玲奈はポソリとつぶやいた。
「そっか」 剣奈が返した。
「そうだよね。勇者は魔王にやられて何回も死にかけるんだ。でもそのたび……パーティのヒーラー、それとか……教会の聖女……彼女らの回復魔法を受けて……死の淵から蘇るんだ」
「そうかよ」
「うん。死の淵に立たされれば立たされるほど……、勇者は……強くたくましくなっていくんだ」
「そか……」
剣人ワールドである。剣人語である。玲奈はただ優しく相槌を打った。
「ボクね。また新しい必殺技を編み出したよ。玲奈姉のおかげだよ。そうだなぁ、なんて名付けよう。ケント……、スペシャル……、シークエンス、アロー!うん、「ケントスペシャルシークエンスアロー」連撃の針で相手を穿ち、最後は輝く矢でとどめを刺す!ボクの新しい必殺技だよ」剣奈が興奮してまくしたてた。
「はっ、死にかけたガキが黄泉から土産を持って帰りやがった」
玲奈があきれながらつぶやいた。藤倉が続けた。
「そうだね伊弉冉尊が黄泉平坂から帰ったように。剣奈ちゃんも死の淵から蘇ったのだろうね。伝承によると黄泉平坂は出雲と所縁が深いけれど、出雲大社と淡路島伊弉諾神宮の間には地脈が流れ、神様の通り道があるともされている。案外剣奈ちゃんの魂はそこを通り抜けたのかもしれないね」
「は、変態ロリコンオヤジが!それらしいこと言ってごまかしてんじゃねぇぞ。テメェが場所柄もわきまえずよ。死にゆく剣奈の前で……汚らしいもんおったてやがって!しかも暴発させやがった!アタシは絶対忘れねぇ。ぜってぇ許さねぇからな!」
玲奈がものすごい形相で立ち上がった。
パァン!
藤倉の左頬で強烈な破裂音がした。
ドスッ!
藤倉の下腹部で鈍い音がした。藤倉は股間を抑えてうずくまった。泡を吐いて悶絶していた。
剣奈はもと男児である。ほんのひと月前、剣奈はリトルボーイを見に纏っていたのである。その剣奈は……藤倉の様子を見て青ざめた。
昔、剣奈(剣人)は、ガードレールの上を歩いていた。
「ダンジョンの魔の池に架かる橋だ!いざゆかん!」
などと上機嫌に叫びつつ、さっそうと歩いていた。そして……
ツルリ
剣人は誤ってガードレールから足を踏み外した。そして……股間を……リトルボーイがいる股間を……猛烈にガードレールに打ちつけた!
「ングッ」
ヒクヒクヒク
剣人は悶絶した。股間を押さえてうずくまった。そして、しばらく動けなかったのである。
「玲奈姉、いいよ。タダっちはそういうやつなんだ。でもコミックスとかラノベでも普通にいるタイプだから大丈夫。タダっちは考えるだけ。実際には変なことしてこないし。変態キャラなんだよ。でも……大切な……ボクらの知恵袋だよ!エロ変態賢者だよ!」
「け、剣奈ちゃん……」
藤倉は喜びつつも悲しむという複雑な感情にさいなまれていた。
好きな女子からの「いい人」判定!「無害」判定!それはつまり……、相手にもされていない対象外ということ……。悪く言えば舐められているということなのだ。
しかし……。藤倉は思った。
(もし俺が少しでも剣奈ちゃんに手を出せば、牛城さんが、千剣破さんが、千鶴さんが、そしてなにより来国光が……俺を許さないだろう)
そんな事態になったならば剣奈パーティからのリアル放逐は確実である。
(ここは無害判定の屈辱に耐えるべきだ!耐えるべきなんだ!想像の中でだけ剣奈ちゃんラブラブを楽しもう!現実では知恵袋としてパーティに役立つところを見せよう!)
藤倉はそんなわけのわからないことを考えていた。もはや自分でも何が何だか分からなくなっていた。しかし本音だけは満載である!
来国光は毎度毎度懲りない藤倉にあきれていた。しかし、本人が自覚する通り、ヘタレ藤倉を完全に舐め切っていた。
山木は自分の孫世代への藤倉の傾倒ぶりにあきれかえっていた。しかし。
(多様性の時代だしなぁ……)
傍観を決め込んだ。
剣奈はそんな一振りと三人の気持ちに気づかない。
(ボクのパーティーは賑やかだ。わちゃわちゃして楽しい!最高のパーティだよ)
と、斜め上の理解をしていた。
剣奈の骨折と爛れた身体と内臓損傷と痣と傷はすっかり癒やされた。神気で満たされたことにより、剣気もまたすっかり回復していた。
剣奈は賑やかなみんなを見つめた。そして上機嫌でいつまでもにこにこしていた。