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138 魔弾の射手 なすすべもなく追い詰められる絶望の剣奈 しかし玲奈はあきらめない!

『右に跳べ、剣奈ぁ』

「ん♡」


 来国光が怒鳴った。何もできなかった。対抗策が思いつかなかった。剣奈は死を覚悟していた。命を諦めかけていた剣奈であった。なすすべもなく命を散らそうとした剣奈は来国光の叫びで左足で地面を凄まじい勢いで蹴った。跳躍した。

 無意識の反応だった。来国光への絶対的信頼、それが剣奈の身体を突き動かした。無意識に剣気で強化した足での跳躍。尋常ならざる勢いであった。しかし……無意識な跳躍であるが故、剣奈は着地への意識は持っていなかった。剣奈はそのまま地面に突っ込んだ。地に激しく激突した。そしてものすごい勢いでバウンドし、転がって……、ようやく静止した。


 ゴロゴロゴロゴロ

 ズザザザザザッ


 そして剣奈がノロノロと顔をあげた目前。剣奈の前に黒巨猪の突進が見えた。


「んんんん♡」


 剣奈はかろうじて剣気を来国光と自分にまとわせ、来国光をもった両手を突進する黒巨猪に向けた。右手で来国光の柄を握り、左手を峰に添え、刃は黒巨猪に向けられた。静止した刃。突進する黒巨猪の勢いを利用すれば何らかのダメージは与えられるかもしれない。しかしあまりに消極的選択だった。


「ああああああああんん」

 ドグシャァ


 黒巨猪は自分に向けられた刃を警戒し、突進のスピードを緩めた。代わりに頭を下げ、巨大な黒牙で剣奈を掬い、空に放り投げた。緩められたとはいえ巨体の突進。そのダメージをまともに体に受けた。黒牙に掬われた剣奈は弱々しく空高く舞い上げられた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ダンプカーに衝突されたかのように剣奈はなすすべもなく空高く舞い上げられた。その体はきりもみしつつ、剣奈はすでに自分がどの方向を向いているのかすらわからなくなっていた。上空に放り上げられた剣奈は、やがて上空の一点で止まり、そのまま落下を始めた。


 剣奈の落ちる落下点。闘う気力をなくした小娘の舞い落ちる落下点。そこに向けて黒巨猪は再び突進を開始しようとしていた。


 ピシュ、ピシュ、ピシュ、ピシュ、ピシュ


 玲奈のLCP IIから五発の剣気弾が発射された。残り二発となっていた最初の弾倉は投げ捨てられ、新たに十発のフル装填の弾倉が叩き込まれていた。フル装填された弾倉から五発の剣気弾が放たれたのだ。ただ黒巨猪の気を引くだけの行為なのかもしれない。ダメージは全く与えられないかもしれない。しかし玲奈は撃った。闘いをあきらめた幼女が巨大な黒牙に貫かれる様を見たくなかった。


 殴られ、諦め、無表情に父親の巨根に凌辱の限りを尽くされた小学生の玲奈。剣奈に昔の無残な自分を見たくなかったのかもしれない。あるいは剣奈に同じ目にあってほしくなかったのかもしれない。自分でもなぜこんな無駄な行為をしたのかわからなかった。なぜダメージを与えられないクソ小さな剣気BB弾を撃ってヘイトを自分に向けさせたのかわからなかった。自殺行為である。他に対抗手段を持たない玲奈である。バイクを急発進して逃げたとて、すぐに追いつかれて蹂躙されるだろう。


「ふっ」


 玲奈は笑った。自嘲の笑いだった。ガキの夢についてきてここで自分の命も終わるか。どうせクソみたいな人生だ。クソチビガキより少しばかり先でガキの来るのを待ってやるか。どうせ泣きながらとぼとぼ歩いてきやがるんだろう。泣くガキを抱きしめてやる大人が一人くらい付き添ってやらないとかわいそうだろ。玲奈は己の命をあきらめた。


 グシャァァァァァァ


 剣奈は頭から地面に落下した。頭を丸め、肩を丸めて回転しながら受け身をとれたのは奇跡だったのかもしれない。あるいは来国光による鍛錬の賜物だったのかもしれない。剣奈は落下する衝撃を肩、背中、腕、足で逃がしながら黒巨猪を視界にとらえていた。


 バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、バシュ


 玲奈の放った五発の剣気弾は同じ軌道で黒巨猪を穿った。同じ場所を連続して穿った。


 キュウゥゥゥン


 黒巨猪がやや高い声をあげた。今までの地を這うような低いうなり声とは違った。玲奈の剣気弾がめり込んだ場所からは黒い泡があふれていた。先ほどの一発の剣気弾は何のダメージも与えられていなかった。巨大な猪に対して、分厚い皮と肉に対してあまりに脆弱な小さな剣気弾。しかし同じ軌道で同じ場所への着弾は黒巨猪に確かなダメージを与えていた。


 剣奈は見ていた。ダメージを与えられなかった一発の剣気弾の着弾を。そして黒い泡を出させしめた五発の剣気弾の着弾を。剣奈の瞳にわずかに力が戻った。か細い、小さな力だった。剣奈はすでに満身創痍だった。全身打ち身だらけ、あるいは黒巨猪に突進された幼い肋骨は何本も砕けていたのかもしれない。ガフッ。剣奈は血を吐いた。ぶち当たられた身体は黒くただれていた。


「っつぅぅぅぅ。あんんんんんん♡」


 それでも剣奈は耐えた。ボロボロの足を踏ん張り、ボロボロの身体を立ち上がらせた。


「うあぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!」


 そして吼えた。玲奈に気を引かれていた黒巨猪である。しかし背後から湧き上がる気力と雄たけびに反応して後ろを振り返った。


 静寂。そして静かに満ちる緊張。ウェーバーの歌劇、魔弾の射手の序曲のように、静寂から低く静かに、しかし力のこもって張り詰められた空気に満たされた。調子を落とした「マックス」に勧められたのは禁断の魔弾。調子をガタガタに落とした剣奈。しかし彼女に与えられたのは勇気と自己犠牲。そして、剣奈の剣気が込められた五発の銃弾。剣奈は構えた。平和の白い鳩はそこにはいない。見据えた先には、黒く禍々しい巨猪がいた。剣奈はソレに狙いを定めた。


 グオォォォォ、グゥゥゥゥゥッッッッ


 黒巨猪が低く鳴り響く唸り声をあげた。ボロボロの小娘。死にぞこないめが。生意気にも吼えやがった。小娘の攻撃はすべて受けた。しかし効かぬ。身体を真っ二つにされた攻撃すら己の持つ癒しと復活の力でしのぎ切った。もはや恐れる攻撃など何もない。あとはすでにドロドロに溶けた身体を貫き血まみれに砕けた肉片を食らうのみ。

 黒巨猪はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。前足の蹄で二度地面を蹴り、クソ生意気な小娘に向けて最後の突進を開始した。


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