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137 千光寺の巨猪 利用された加護 突き上げる巨牙

「ま、まさか!?せ、千光寺建立の伝説を繭に……怪異を生み出した……のか?」藤倉が呻いた。


 みんなの心にセミナールームでの藤倉の声が響いていた。


(ここには伝説があってね、901年に播州の狩人藤原豊広が矢を撃ったところ、為篠王(いざおう)に当たったんだ。そして為篠王(いざおう)は海に逃げた。先山の大杉の祠に逃げたんだ……)


 黒い大きな塊、黒影は土煙をあげながらどんどん剣奈たちに近づいてきていた。 


(面白いことに千光寺は狛犬じゃなくて……)藤倉の声が剣奈たちの心にリフレインした。


 播州から淡路島へ逃げた獣。先山の大杉の祠に逃れた獣。千光寺建立の伝説。邪気はその伝説に寄せる人々の想いの大きな思念塊をとらえた。それを繭とした。そしてその怪異を実体化させた。


『左に跳べぇ!剣奈ぁ!』

「ん♡」


 来国光が叫んだ。剣奈は跳んだ。玲奈を抱えて。大きく。真横に。


 ズドドドド


 剣奈のいた場所を、黒い巨大な猪が突進していった。剣奈たちがそこにずっといたなら。巨大な猪、黒震獣巨猪こくしんじゅうきょちょの巨大に突き出た牙が、剣奈と玲奈を貫いたろう。剣奈たちは血しぶきをあげながら四散していたろう。それほどの突進だった。それほどの突き上げだった。


 パシュ、パシュ


 玲奈のLCP IIから白黄の剣気弾が発射された。


 バシュ バシュ


 剣気弾は見事巨猪(きょちょ)に命中した。巨猪は突進をやめた。そして玲奈をにらんだ。小うるさい弾を放ってきた小娘を。


「玲奈姉、逃げてっ!」


 剣奈が叫んだ。剣気弾は巨猪に何のダメージも与えていなかった。玲奈へのヘイトを高めただけだった。巨猪は玲奈を睨んだ。


 ザシュッ ザシュッ


 巨猪は前足の蹄で土を二度蹴った。威嚇。さらに突進の前兆にも見えた。玲奈は愛車ビラーゴにまたがった。


 ドリュン ブオオオオ


 玲奈はバイクを急発進させた。剣奈の真後ろに向けて。巨猪は突進を始めた。玲奈を追って。途中のチビ小娘など歯牙にもかけていなかった。


「させるかぁ!んんんん♡ライイィィッ!」


 剣奈は左足を大きく蹴って右に跳躍した。着地は右足。着地した右足を軸にして抜刀した。そのまま水平に薙いだ。


 ヒュン


 樋鳴りの音がした。長く白黄に輝く大きな刃閃が描かれた。剣気をまとって伸ばされた来国光の長刃による抜刀。左一文字斬り。


 ザクリ


 巨猪の頭から胴体まで真一文字に斬り裂かれた。


「やった?」


 剣奈が呟いた。必殺の刀技だった。黒獅子を屠った。黒鬼を屠った。そして巨大な黒蛸を斬り裂いた。数々の強敵を打ち破ってきた剣奈の必殺技、ケントライトニングアタックだった。

 黒い巨大な猪、黒巨猪は横一文字に斬り裂かれた。斬り裂かれた断面から黒い泡が噴き出た。

 上に引き裂かれた巨体と下に引き裂かれた巨体から黒い泡がぶくぶくと噴出した。そして……上下のその黒泡が……交差した。


 ズザザザザー

 

 突進した黒巨猪は蹄を地面に突き立て急停止した。黒巨猪は振り返った。その黒巨猪の胴体は……、斬り裂かれた胴体は……、ぶくぶくと湧き出た黒泡により融合していた。


 グオォォォォ、グゥゥゥゥゥ。

 

 黒巨猪は剣奈に向けてうなり声をあげた。何事もなかったかのように。巨大な黒い牙を誇示して。

 低く深い喉音だった。巨猪が完全に剣奈にヘイトを定めた。攻撃態勢に入り、威嚇の唸り声をあげていた。


「クニちゃ‼効いてない!ボクの必殺技が、ライトニングアタックが……効かない!」剣奈が真っ青になって叫んだ。

『小癪な。腹立たしいのぉ。この怪異繭の特質、人々の信仰心と巨猪の持つご加護、それすらも受け継ぎおったか!』


 千光寺縁起は言う。矢に撃たれた巨猪は大杉の祠に逃げ込み姿を変えたと。その変化した姿が千光寺のご本尊になった。畏れ多くも千手観音様である。

 千手観音様のご利益は、災難除け、延命、病気治癒などである。邪気は怪異繭としたものの特質をも食らう。すなわち、人々の猪(千手観音の化身)への信仰心、そしてご本尊のご加護をも糧とした。

 黒巨猪は……傷口から黒泡をあふれさせた。それにより傷の治癒、そして延命をすら図ったのである。


 剣奈の額から汗が噴き出した。剣奈は今日、闘い抜いてきた。黒犬十匹を屠った。黒タヌキ八匹を屠った。さらに黒タヌキは妖を用いて剣奈の攻撃を何度もよけた。

 剣奈はすでに剣気を大量に消費していたのである。来国光とつながる結紐が細くなっている気がした。


「クニちゃ、どうしよ……。剣気、たくさん使っちゃったよね。もう……あんまり無駄遣いできないよね。でもアイツ、傷を治してしまう。ボク、どうしたらいい?あ、ん♡」


 黒巨猪が突進してきた。剣奈は右足で強く地面を蹴って真横に跳んだ。黒巨猪は剣奈のいた空間を突き破って突進した。

 そのままかなりの距離を走った。そして蹄を地面に食い込ませて巨体を停止させた。振り返った黒巨猪は低いうなり声をあげた。


 グオォォォォ

 ズドドドドドドド


 「ん♡」

 

 ズザザザザザザ


 グオォォォォ

 ズドドドドドドド


 「ん♡」

 

 ズザザザザザザ


 グオォォォォ

 ズドドドドドドド


 「ん♡」

 

 ズザザザザザザ


 黒巨猪の突進。剣奈の跳躍回避。黒巨猪の急停止。そこから振り返っての再突進。

 何度も繰り返された。黒巨猪に疲れは見えなかった。剣奈が跳躍に消費する剣気はわずかである。しかし……、それは確実に……来国光の持つ剣気を徐々に……奪っていった。

 必殺技は使えなかった。必殺の白黄長刃による斬撃ですら黒巨猪は回復させたのだ。通常の斬撃が効くとは思えない。剣奈は突進する黒巨猪の巨牙に引き裂かれ、宙に舞うであろう。

 白黄輝飛針はどうか。細い針である。細い針は黒巨猪の分厚い毛皮を貫けるか心もない。もし貫けたとして、与えるダメージは小さいであろう。しかも瞬時に回復してしまうだろう。

 剣奈は今や滝のような汗が身体中に噴き出していた。顔面汗だらけであった。滴る汗は頬を伝い顎からボタボタと地面に落ちた。また、全身から噴き出た汗が身体中をびしょびしょにしていた。

 剣奈は明らかに消耗しつつあった。いずれは跳躍力すら失うであろう。よけられなくなった剣奈は、突進する黒巨猪の巨牙に屠られるだろう。剣奈の若く瑞々しい命が先山の麓に散る……。そんな未来が確実に訪れようとしていた。


「剣奈ぁ!」


 玲奈が吼えた。剣奈は視線を玲奈に向けた。玲奈は黒巨猪を刺すような視線で見ていた。そして言った。


「胸だ!胸に矢が刺さってるのが見える。その奥に黒々と光るやつの心臓が見える!そこだ。そこを狙えぇ」玲奈が吼えた。


「ん♡」


 剣奈は黒巨猪の突進を真横への跳躍で避けた。そして黒巨猪の胸を見た。何も見えなかった。しかし、胸に突き刺さった矢の幻影が見えるような気がした。


グオォォォォ、グゥゥゥゥゥ


 黒巨猪が唸り声をあげた。再び剣奈に突進してきた。


「んんん♡シュ!」


 剣奈は左足で真横に跳躍した。そして黒巨猪の突進をかわした。かわしながら空中で身体をねじり、足を大きく上げまわして右足で着地した。同時に空中で回転方向のモーメントが放たれていた。


 ヒュン ピシュッ


 樋鳴りの音がした。同時に白黄輝の飛針が放たれた。


 バシュ


 剣奈の放った白黄輝の飛針が黒巨猪の胸に吸い込まれた。飛針のうがった穴に黒泡があふれた。


 グゥゥゥゥゥ ズザザザザザァ


 黒巨猪が唸りながら土煙をあげて突進を急停止させた。黒巨猪が振り返った。そして再び威嚇の、攻撃開始の低いうなり声をあげた。


 グオォォォォ、グゥゥゥゥゥ


「クニちゃ、効いてない!ボクの針じゃぁ、アイツの分厚い毛皮と肉を貫ききれない。ど、どうしよう、ボク……」


 剣奈が弱音を吐いた。その声は涙にまみれて震えていた。剣奈は持てる手段すべてを使って黒巨猪に立ち向かった。玲奈に弱点を教えられた。

 それでもなお……、剣奈の業は黒巨猪に届かなかった。


 グオォォォォ、グゥゥゥゥゥ


 黒巨猪が再び威嚇と攻撃の低いうなり声をあげた。剣奈は気圧された。次の一撃で剣奈の身体は穿たれ、血しぶきをあげながら宙に舞い、四散する。そんな未来が確実に訪れる。


 剣奈の心はそんな絶望にまみれた。そして……無防備に……攻撃に身をさらしてしまった……



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