136 三熊山狸の悲しみ 山から迫る禍々しき黒影
パシュ、パシュ
二発の発射音がした。玲奈の撃った白黄のBB弾は右に逃れた黒タヌキを狙った。一呼吸置いて撃たれた二発目は、ただの虚空に向けて放たれた。
黒タヌキは迫りくる白黄弾を見てひらりと空中に跳躍してかわした。
パシュ
キューーーン
空中に跳躍してかわしたはずの黒タヌキに剣気弾がめり込んだ。玲奈は黒タヌキが剣気弾をかわすことを予測していたのである。そしてそのかわし方を瞬時に見切った。野生の勘と言ってもよいだろう。
空中に逃げた黒タヌキ。そしてその空中の黒タヌキに玲奈の二発目が命中したのである。虚空に放ったはずの剣気弾が。
「ん♡シュッ」
剣奈は黒タヌキの悲鳴を耳にとらえた。その刹那、瞬時に反応した。考えて動いたのではなかった。身体が反応したのである。
ヒュン、ピシュ
剣奈は逆袈裟に刃閃をきらめかせた。樋鳴りと飛針の音が鳴った。
ブシュウ
白黄に輝く飛針は黒タヌキの胴体に深々と突き刺さった。黒タヌキが黒塵と化した。空中に黒霧が溶けた。
残りの黒震獣狸、わずかに一匹。
キューーーン
最後の黒タヌキが切なげに鳴いた。そして先ほど黒タヌキが塵と消えた場所に走った。そして切なげにその空間を見つめていた。
「えっ!?ボク、悪いことしちゃった?ひょっとしてあの子の奥さんだったの?」
剣奈は三熊山「芝右衛門狸伝説」を思い出していた。山に住み着いた善良なタヌキ。都会見物で奥さんを殺されてしまった。悲しみにくれた自分。そして最後は自分自身も殺されてしまう。悲しい物語だった。
剣奈は「自分が奥さんを殺してしまった」と思った。そしてその罪悪感に胸がズキズキ痛んだ。
「剣奈ちゃん!邪気は物語を思う人の念を繭にしてる。だから黒震獣狸を実体化させた。確かに。確かにこの黒タヌキは芝右衛門の感情を引き継いでるかもしれない。でも!だからこそ!芝右衛門を邪気から解き放つ。そして安らかに休ませてあげる。それが剣奈ちゃんの使命じゃないかな?」藤倉が叫んだ。
残り一匹になって安全性を確信したのかいつの間にか藤倉が剣奈のそばに寄り添っていた!
藤倉は気弱になった剣奈が愛おしく、さりげなく剣奈の肩を抱こうとした!
パシン
その手は……剣奈の方に回そうとした藤倉の手は……玲奈にこっぴどく叩かれた。藤倉はもう少しで肩を抱けるはずだった己が手のひらを見つめた。そして悲しそうな顔をした。
――いや、なに勝手に美化してるの?五十路男が小学生女子の方を抱く!?キモいだけだから!
「そうだね。邪悪な邪気に囚われた悲しいタヌキさんの魂。それを解放するのがボクの使命なんだ。勇者としての……辛くても……やらなきゃならないんだ。ボクしかできないんだ。これが……男の使命なんだ」
――いや。女である。戦闘巫女である。
藤倉の口車に乗せられて気を取り直したチョロ剣奈である。気を取り直した剣奈は落ち込む黒タヌキを見つめた。
そして切なげに微笑んだ。唱えた。
「吐普加美依身多女
布留部 由良由良止」
来国光の刀身が白黄の輝きに包まれた。ゆらゆらと揺らめき輝いた。牛女の魂を浄化させたあの光だった。
魂の浄化のための神気を来国光に纏わせて……、剣奈は疾走した。悲しげに虚空を見つめる黒タヌキに向かって。
剣奈は瞬時に到達した。そして逆手にもった来国光を閃かせた。
ヒュン
逆袈裟の刃閃。樋鳴りの音がした。
黒タヌキは無抵抗に剣奈を見つめていた。剣奈の斬撃はその黒タヌキを存分に斬り裂いた。深々と……
ブワッ
黒タヌキが黒塵と化した。そして空中に溶けた。最後の黒タヌキが消滅した。
ア……リガト……オ……
声が聞こえた。そんな気がした。
十匹の黒震獣犬、八匹の黒震獣狸が消滅した。藤倉と山木は強敵をあっさりと屠った剣奈を呆然と見つめていた。
玲奈は最後の黒震獣狸が消滅した場所を眺めていた。そして南……、鳴門海峡の方角を見つめた。
全ての黒震獣が消えた……
「終わった?巫女舞しに行く?」
剣奈がほっと一息ついた。そして顔をあげた。
地脈を正す使命を果たそう。
そう思い立ち上がった。その時である。
「待て、剣奈ぁ!まだだ!山に黒い靄が集まってきやがった!まだ終わりじゃねぇ。何かいやがるぞ!」玲奈が吼えた。
剣奈は山頂に向けて顔をあげた。先山。淡路富士と呼ばれる美しいシルエットだった。
その美しい山。そこからナニカが……、黒く大きな塊が……黒影が……猛烈な勢いで突進してきた。
藤倉と山木は急いでバイクにまたがった。
ドリュウ
藤倉が慌ててエンジンをかけた。玲奈はその黒き塊に銃を向けた。
それは……巨大な黒影は……
土煙をあげながら剣奈に迫っていた。猛烈な勢いで……