10 結
ケントとの約定を成立させた来国光は、早速、結びの術式を開始することにした。
『我を胸に抱き、山の頂の方向に向かって深く一礼せよ。そして、北東南西の順に深く頭を下げよ。礼が済んだら、再び山の方を向き、我が申す事を声に出して唱えよ。小僧が認められれば、ワシと小僧の間に、縁が結ばれるじゃろう。さすれば、そなたの身に神気が宿り、その身を助けるだろう』
「えっ?えっ?」
『心を無に、天地に委ねよ!ゆくぞ』
訳がわからないけれど、助かりたい。刀がしゃべる状況は、さっぱりわからない。けれど、ケントは母がやっていたゲームを、甘えながらよくのぞき込んでいた。そこでは刀が人に変身して、しゃべってた。悪者と闘ってた。ケントは考えた。
「子どもの知らない大人の世界がきっとあるんだ。刀が変身した人、付喪神っていってたっけ?正義の味方っぽかった。お母さんがおし(?)っていって、すごく嬉しそうにニコニコしてた。きっとこの刀も悪もんじゃない。絶対味方だ!刀とお友達になったら、きっとお母さんも喜んでくれる。褒めてくれるかも!」
全く根拠なく、刀は味方との結論にたどり着いたケントである。今の状況に、頭が真っ白になってしまっているれど、心に響く声の言う通りにすることにした。
実際にケントの母がこのことを知ったら、褒めるどころか、大いに心配するだろう。
ひょっとすると、心のお医者さんに、連れて行こうとするかもしれない。
けれど幼いケントは、世の中には、自分の知らないことがたくさんあり、刀がしゃべることも普通かもしれない。そんな風に考え、いま起こっている異常事態を、自然に受け入れた。
ケントはリュックから刀を取り出し、むき身の柄を右手でにぎった。左腕で刀身を支え、両手て短刀を胸に抱えた。そして言われるままに、ケントは四方拝を行うのだった。
『追唱せよ!』
心に響く声に従い、紡がれる言葉を、そのまま声に出していった。意味はさっぱり分からなかったけれど。
『「掛けまくも綾に畏き天土に神鎮り坐す
最も尊き 大神達
ことわけて
大国主命
菊理媛命
天目一命
建御雷命
瀬織津比売命
速開都比売命
気吹戸主命
速佐須良比売命
の大前に
慎み敬い 恐み恐み白さく
今し大前に参集侍れるものどもは
高き尊き御恵みをかがふりまつりて
身健に心正しく日立足らしめ給ひ、
齢を重ね来たるは
専ら大神達の高き
大稜威深き大御恵に依る事となも
辱み奉り尊み奉るを以って
今日の良き日に
大前に参出拝み奉るをば
剣人と来国光 選び定めて
契りを結び固むるに依りて
高き尊き大御蔭を仰ぎ奉り
清き赤き誠心以ちて誓ひ奉り
拝み奉る状を
平けく安けく
聞こしめし諾ひ給ひて
結び固めし赤縄の解くる由なく
契り交はしし誠心の変る事無く
今より往先更に
広き厚き恩頼を幸へ給ひて
互に相睦び
相親みつつ助け輔ひ
別ても今し世の状常ならぬ時にし在れば
力を協せ心を一にして
皇国を振ひ興すべき業に
勤み励み
神ながらの正道
清く正しく踏み行はしめ給ひ
幾千代掛けて
梅の香の香しき其名を挙げしめ給ひ
皇国立栄えしめ給へと
諸々の禍事・罪・穢 有らんおば
祓ひ給ひ 清め給えと白すことを
聞こしめせと
恐み恐み白す』」
言葉を終えたケントと来国光。人と刀の魂が繋がり、結ばれた。
両者は、眩い光に包まれた。