134 洲本城 藤倉玲奈を狙う黒犬 小賢しき知恵 さらに
黒犬が迫った。
パシュッ、パシュッ
山木はバイクのリアシートから振り返り、LCP IIを撃った。発射された弾は剣奈の剣気をまとったBB弾である。
ヒョイ
迫りくる黒犬。あざけるように、難なく躱した。
「当たらんのう」山木はぼやいた。
「温存しましょう」藤倉が諭した。
剣奈の用意した剣気弾は各人二十発である。弾倉一本につき十発である。無駄打ちするとあっという間に弾が尽きるだろう。
よく狙って近距離から撃てば当たるかもしれない。しかし今は走るバイクからである。しかも黒犬は遠い。
藤倉は思った。弾の無駄遣いだと。さすがに必死の様子の年長者にそれは口にしなかったが……
「そうだね」
山木はおとなしく藤倉に従った。黒犬に追いかけられて気は焦る。しかし貴重な剣気弾である。浪費してしまうといざという時に差し支える。
ここは藤倉君に任せるか……しかしどうする?山木が思考を続けた。山木の鼓動はどんどん速くなっていった。
「牛城さん。俺と君で黒犬をひきつけるのはどうだろう。奴らを剣奈ちゃんの前におびき出す作戦だよ」藤倉はインカム越しに玲奈に問うた。
「悪くねえ。ならアタシから行かせてもらうぜ」玲奈がニヤリと笑って答えた。
藤倉はそのままバイクを海に向かって走らせた。玲奈は緩やかに左方向にバイクを旋回させた。
玲奈のバイクは大きな円を描いて剣奈の右横を遠く通った。そして剣奈の正面に出た。
さらに剣奈に向かってバイクを走らせた。黒震獣犬は二列になって玲奈を追いかけていた。
「剣奈!殺れぇ!」玲奈が吼えた。
「ん♡」
剣奈は納刀した。そして駆けた。玲奈のバイクの正面に向かって駆けた。剣奈は玲奈のバイクが剣奈の右横をすり抜けた。その瞬間、剣奈は大きく右足を踏み出した。そして抜刀した。
ヒュン
樋鳴りの音がした。抜刀からの左横一文字斬り。刃閃がきらめいた。玲奈のバイクを追いかけて疾走していた先頭二匹の黒犬は一瞬にして塵と化した。二匹消滅。目前に二匹。
「ん♡」
剣奈は右に振り切った腕を返した。右ひざを曲げて、踏み込みながら右前方の黒犬を斜め下から斬った。
ヒュン
右足を軸にしての回転袈裟斬りが炸裂した。その時。左の黒犬は剣奈に向かって跳躍していた。黒犬の牙が剣奈に迫った。
ヒュン
剣奈は上体を後ろにそらせた。そして刀はそのままの勢いで振り斬った。
跳躍していた黒犬は斜め下から迫る来国光に対応できなかった。黒犬は尻から胴体に向けて深々と腹を斬り裂かれた。
ブワッ
斬り裂かれた腹から黒塵と化した。黒犬が四匹消滅した。残るは藤倉の引き連れる四匹。
藤倉は奇妙な感覚に囚われていた。何度か右に旋回しようとした。しかし黒犬は邪魔をするように動くのだ。
誘導されている。藤倉はそんな感覚すら覚えた。気が付くと前方にこんもりとした丘が見えていた。
三熊山である。標高百三十三mの小山である。現世ではそこに洲本城が立つ。一五二六年(大永六年)に淡路水軍を率いた安宅氏によって築かれた。
後に秀吉の淡路攻めで降伏し、仙石秀久が城主となる。彼を主人公としたコミックス『センゴク』は有名である。
大阪城を見渡すセンゴクの城、三熊山。そこから……黒い気配が揺らめいた……
不気味な気配を感じた藤倉である。右はふさがれる。藤倉は左方向に旋回した。右から黒犬が追いかけてきた。そして……
「山から黒い塊だ!向かってきてる!たくさんだ!」山木が叫んだ。
藤倉は頭を振ってバックミラーで状況を確認した。右から四匹の黒犬が追いかけてきていた。
そして……山から八つの黒い何かが転がるように藤倉たちに向けて迫っていた。
藤倉はまっすぐ剣奈の方向にバイクを走らせた。黒犬は藤倉たちを追いかけた。そして。
「なに連れてきやがった!」玲奈が吼えた。
藤倉の後方に四匹の黒犬。さらに八匹の黒いタヌキ……黒震獣狸が黒犬の後方を駆けていた。剣奈は藤倉の方を振り向いていた。藤倉のバイクが迫ってきた。
剣奈は……バイクに向けて疾走し始めた。
黒震獣犬は藤倉のバイクを追って一列になって疾走していた。藤倉はバイクを走らせた。剣奈の右前方から左後方に向かって。
そして……藤倉のバイクが剣奈の前を斜めに横切った……
「ん♡シュッ、シュッ」
剣奈は抜刀して左逆袈裟に斬り上げた。腕を返して袈裟斬りに斬った。
ヒュン、ピシュッ
ヒュン、ピシュッ
樋鳴りの音が二回した。さらに飛針の飛来音が二回。剣奈の放った白黄輝の飛針は前方二匹の黒犬を見事に貫いた。
プシュ、プシュ
ブワッ
二匹の黒犬は貫かれた細い穴を中心に黒塵に化した。二匹の黒犬が消滅した。黒犬残二匹。
「ん♡」
二匹の黒犬はなおも藤倉たちを追った。二匹の黒犬は剣奈の前方を右から左に斜めに横切ろうとしていた。
剣奈は駆けた。先頭の黒犬に向けて駆けた。
ヒュン
左腰に溜められた来国光が左逆袈裟に振りぬかれた。
「ん♡シュッ」
顎から頭蓋にかけて黒犬は深々と斬り裂かれた。
ブワッ
黒犬が消滅した。剣奈は逆袈裟に振抜いた腕を返し今度は袈裟斬りの刃閃をきらめかせた。
ヒュン、ピシュッ
ブワッ
白黄輝の飛針が飛んだ。黒犬は横っ腹を貫かれた。最後の黒犬が黒塵となって空気に溶けた。
十匹の黒犬は……もはやどこにもいなかった。
藤倉たちは玲奈の左横をすり抜けた。そしてはるか後方にバイクをすすめた。藤倉はそこでバイクを旋回させて停止させた。
さらに続いてきた黒い塊に包囲されぬよう距離を置いたのである。
黒い塊は……、黒震獣狸は……二列四匹の群れを二つ作り剣奈に向かって突進してきていた。
黒タヌキと剣奈の会敵まであとわずか。