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130 正座っ!蛸と絶頂の海女 死闘巫女への暴発は罪や否や 大人の反省会


「藤倉ここに来い!」

 

 夕食後、マリンサイトに帰った藤倉は玲奈に呼び出された。


「正座!」

「なっ!」

「頭を。いや。その汚らしい股間を冷やしやがれ!」


 藤倉は動揺した。確かに大黒蛸との闘いで藤倉は欲情した。大蛸に犯される剣奈を想像した。闘いの後に絶頂する剣奈を見て暴発した。しかし悪気はなかったのだ。剣奈を愛しく思っただけなのだ。勝手に自分の頭に浮かんで、勝手に反応してしまっただけなのだ。手は一切出していない。すべて自分の脳内で完結させている。

 藤倉は現状を整理した。そして口を開いた。


「牛城さん。確かに俺も反省すべき点はあると思う。しかしこれは本能なんだ。勝手に頭に浮かんでしまうんだよ。でも俺は手は出していない。頭の中で完結してるわけで……」

「ほざきやがれ。汚らしいもんおっ立てやがって。ならそんなもんおっ立てるな。何きれいごと抜かしてやがる」

「いや、でも自然の反応だし……」藤倉は窮してしまった。

 

「どうしたの?」


 そこに剣奈がひょっこり顔を出した。藤倉は気まずさに目をそらした。玲奈は優しく微笑んだ。


「大人の反省会さ。子どもにゃあまだ早ええ。良い子はあっち行ってな!」


 玲奈は剣奈を追い払った。純真な剣奈に藤倉の汚らしい想像とおぞましい身体の変化を聞かせたくなかった。


「ちぇっ。はーい」


 母親に同じようなことを言われている剣奈である。こういう時は食い下がっても無駄なのである。子ども扱いされた剣奈は胸にわだかまりを抱えつつもおとなしく引き下がった。ほっぺたを膨らませていたのは仕方あるまい。


「け、剣奈ちゃ……」


 遠ざかっていく愛しの女神を藤倉は呆然と見送るしかなかった。藤倉の様子を見て玲奈は思った。身体の反応と言われればわからないわけではない。心で憎悪しつつ身体が反応した経験は玲奈にもあった。


(いやまて。アタシは無理やり無体を働かれての反応だ。コイツは自分の妄想で身体を暴走させやがった。そもそも違う。あぶねぇ。あやうくだまされるところだったぜ)


「頼む。この通りだ。勝手に頭に浮かぶ想像と自然な身体の反応だけはどうにもならない。なんとか勘弁してもらえないだろうか。俺はこの歳になるまで研究一筋だった。女に興味を持たずに頑張って来たんだ。これは俺の初めての恋なんだ。俺も自分の立場はわかってる。五十路の男性が小学生に懸想するみっともなさもわかってる。剣奈ちゃんには絶対手を出さない。そう誓うから……」

「きもっ。引くわー。このちんカス童貞野郎」

 

 シュン

 

「おっさんがシュンとしてもキモイだけなんだよ」

「わかった。反省するよ。でも次からも同じことは起きると思う。どうすれば……」

「うっわっ。開き直りやがった。このゴミタメクズ野郎が」

 

「牛城さん、そろそろ勘弁してやってくれないだろうか」山木がセミナールームのドアを開けて入ってきた。

「先生!」藤倉が情けなさそうな顔で見上げた。

「なんだぁ?おっさん同士でチャチな友情ごっこか?」

「ははは。そう言われれば身もふたもないがね。まあその通りだ。藤倉君を救出しに来た」

 

「こいつは小学校三年生女子に欲情する変態だぜ?」玲奈は吐き捨てた。

「しかし手は出していないんだろう?」山木は言った。

「手を出さなきゃいいのか?パーティーメンバーに下種な妄想し放題ってか?俺はお前の裸を想像する。頭の中だけだ。だから我慢しろってか?」

「いや、まあ、そういうわけでもないんだが……」


 玲奈の言い分にも一理ある。学者は口は達者だが正論には弱いのだ。窮した山木は藤倉の言い分を聞いてみることにした。


 「藤倉君はどんなことを想像したんだね?」

「はい。北斎の「蛸と海女」のようなことを……」

「下種野郎っ」

「ははは。それはひどいね。しっかり反省したまえ。剣奈ちゃんが必死に頑張って我々を、人類を守って戦ってるときにそれはちょっとね。男としてわからんでもないが、あの場でそれはね」


 山木は藤倉の頭にごつんと拳骨を落とした。

 

 ゴツン


 鈍い音がした。


「さて、不謹慎の罰は下した。とりあえず執行猶予ということにするのはどうだろうか。明日からのことを話し合わないかね?建設的な話をしようじゃないか」山木が提案した。

「はっ。ごまかしやがったな。おい藤倉。剣奈に手を出しやがったら承知しねえからな。どうしてもっていうんだったらアタシが欲情しずめてやるよ。ちゃんと金は払えよ」玲奈が吐き捨てた。

「まあ冗談にしてもそれはちょっとね。お互い高潔な剣奈ちゃんパーティーメンバーなわけだし。お互い清らかに行こうじゃないか」


 山木が言った。しかし玲奈は本気だった。藤倉が欲望を自分で鎮められないならアタイが鎮めてやってもいい。どうせ多くの男に身を任せた汚れ切った身体だ。いまさら藤倉ぐらいどうってことない。剣奈のためなら。玲奈はそう考えた。

 玲奈はしかし山木に反論しなかった。山木の言うことはもっともだったからである。そして剣奈の前で男女の臭いをさせることは玲奈とてはばかられた。


「じゃあ剣奈呼んでくるよ」


 玲奈が言った。終わりのない拷問、解決の糸口のない詰問からようやく藤倉は許された。

 藤倉は思った。玲奈は潔癖すぎると。せめて身体の反応くらいは見逃してくれないかと。それは藤倉とてどうしようもないことなのだから。

 

 剣奈を「蛸と海女」にみたててしまった。それどころか墨を全身にぶっかけられた剣奈のドロドロの裸身を想像してしまった。テラテラする裸身に絡みつく巨大な黒蛸の何本もの触手、そして黒蛸の無体にあえがされる剣奈を想像してしまった。そしてトドメに剣奈の絶頂である。

 不謹慎である。確かに不謹慎である。実にけしからん。しっかり猛省せねば。藤倉はそう思った。そして黒巨蛸の妄想と剣奈の絶頂をしっかりと反芻するのだった。


 ――え?? おい藤倉!反省……してるのか??


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