128 巨蛸と海女 怪異撃破! 死線越ゆも 快楽に沈む
「剣奈、右だぁ。右に移動してる!」
「ん♡」
玲奈が叫んだ。剣奈は右に体の向きを変え、走り出した。黒巨蛸は右の海面から空中に飛び出し、猛毒の黒墨を吐いた。
「んんん♡ライッ」
剣奈は藤倉たちを狙って吐き出された黒墨にむかって跳躍した。刀は左から右に一文字に振られた。
ヒュン
鋭い樋鳴りが響いた。一文字斬り。来国光の大きく伸びた白黄輝の刀身は黒い毒液を斬り裂いた。黒毒液は蒸発するように空中に溶けた。黒巨蛸は再び海中に沈んだ。
「剣奈、来るぞ!テメエの正面だ!」
「んんん♡」
玲奈が叫んだ。玲奈のこの世のものならざるものを見通す眼。その眼は海中の黒巨蛸の禍々しく放たれる黒い邪気をとらえていた。剣奈は玲奈の指示に瞬時に大きな剣気を肚に溜めた。
子宮をわしづかみにし、揺さぶる大量の剣気。子宮を、卵巣を、膣を、陰核を激しく刺激する暴虐さだった。猛烈な刺激、背中を突き抜けるナニカの感覚。眉毛を寄せ、肩甲骨を寄せ、背中を弓なりにして大声で叫びたい衝動に駆られた。
しかし剣奈は耐えた。閉じそうになる瞳を眉根に力を込めて耐えた。剣奈は歯を食いしばり正面の海面を見据えた。
剣奈は信じた。玲奈の言葉を信じた。黒巨蛸はいまだ見えない。しかし左腰の来国光に、そして抜刀に必要な筋肉に力を溜めて構えた。海面の僅かな動きも見逃さぬように。
剣奈が意識を海原に移した瞬間、剣奈の快感は意識からそれた。身体を揺さぶる妖しい感覚にとらわれることをやめた。荒ぶる暴虐な剣気のなすが儘にさせた。
心が凪いだ。凪いだ心で海を見た。自性清浄心の境地にて。阿摩羅識の境地にて。
剣奈は見ていた。静かに広がる海を観ていた。観の目、遠山の目付にて茫洋と。静寂。変化のない時間が過ぎた。黒巨蛸は逃げた?藤倉は思った。
風が吹いた。剣奈の身体は正面の海の変化を感じた。意識にはなにも浮かび上がらなかった。しかし剣奈は来国光を振り始めた。
海に変化に変化があることは藤倉と山木は全く気づかない。剣奈自身も気づかない。玲奈は海中の禍々しい気配が強くなるのを感じて目を眇めた。海が盛り上った。剣奈はすでに来国光を振っていた。
「ライイイイッ!」
剣奈は叫んだ。来国光の刀身は白黄輝に輝きながら長く伸びた。
ヒュン
鋭い樋鳴りが響いた。剣奈は斬った。逆一文字に水平に斬った。海が盛り上がった。黒い巨大な何かが空中に勢いよく飛び出した。飛び出したそれは二つに割れ、やがて空中に溶けた。黒巨蛸が消えた。
「「「ったぁぁぁぁぁ!」」」
剣奈は斬っていた。黒巨蛸が海面に現れた刹那、来国光は深々と黒巨蛸を真一文字に斬り裂いた。黒巨蛸は斬られたことに気づかなかった。
黒巨蛸は獲物の死角から急に飛び出し、近距離から獲物に猛毒の黒墨を思いのたけ吐きつけるつもりだった。しかし黒巨蛸は意識が遠のいた。黒巨蛸の意識も、体も、すべてが黒い塵となって空中に霧散した。
藤倉と山木は巨蛸が空中に黒塵となって霧散するのを驚嘆を持って眺めていた。玲奈はそれを見ながら遠くに視線を移した。
「ぷはぁ」
剣奈は大きく息を吐きだし、膝を折って崩れ落ちた。乙女座りの格好で尻もちをつき、頭を垂れた。目をつぶって体を震わせた。
「あ、あああああ、ああん♡」
剣奈は眉毛を寄せ、肩甲骨を寄せ、背中を弓なりにして、身体を震わせながら叫んだ。意識の外に追い出していた感覚が一気に剣奈を襲ったのだ。剣奈はそれが絶頂だとは気づかない。
「剣奈っ!」
玲奈は叫びながら剣奈に駆け寄った。剣奈はぼんやりとした目で玲奈を見返した。焦点が合っていなかった。頬が紅潮していた。玲奈は剣奈の様子からすべてを理解した。
「来国光うっ!」
玲奈が叫んだ。剣奈は急に意識を引き戻されビクッとした。藤倉は先ほどからの剣奈の様子を見ながら身体の一部を鋼のように固くしてナニカを吐き出した。山木は心配そうに剣奈を見つめていた。
『わ、ワシのせいではないぞ。し、仕方のないことなのじゃ』
来国光は狼狽した。来国光は剣奈の変化に、剣奈が女として感じ、絶頂したことを理解していた。しかし、それは来国光が望んだことではなかった。
黒震獣蛸を滅するために大量の剣気を剣奈自らが肚に取り込んだのだ。剣奈の丹田、子宮に。闘いに挑む剣奈はひと時は自性清浄心の境地に至った。
しかし強敵を滅した歓喜と安堵により身体が快感を受け入れてしまったのだ。剣奈の意思など関係なく。
剣奈は何が起こったのか理解していない。
「玲奈姉、クニちゃのせいじゃないよ。ボクが剣気をたくさん取り込みすぎて「剣気酔い」しちゃったんだ。黒巨蛸をやっつけて安心しちゃっただけなんだ」
剣奈は健気に来国光をかばった。そんな剣奈を見て玲奈は吐き捨てた。
「くそがっ!」