124 淡路島伝承 猪伝説と狸伝説 そして交わる巨大地脈
キラキラ輝く剣奈の瞳に気を良くした藤倉は機嫌よく続けた。
「そう。狛猪なんだよ。そしてこの猪には興味深い伝説があるんだ。九〇一年(延喜元年)のことなんだ。ちなみに醍醐天皇が即位した年なんだけどね」
「ずいぶん昔だね」
「そう。もう千年以上も前になるね。その頃、播州に藤原豊広(忠太)という狩人がいたんだ」
「狩人!なんか冒険っぽいね!」
「ははは。そうだね。それで忠太が獲物に向けて矢を放ったんだ。そしたらね、為篠王という大きな猪に命中したんだ」
「猪、ボアだね!よくラノベの冒険で出てくるよ!」
「そうだね。それでね、矢を受けながらも猪は海を渡って逃げたんだ」
「うわあ!冒険っぽい!」
「うん。そして忠太は猪を追いかけて、そして追いかけた」
「えええ!海を渡って逃げたの!?」
剣奈はますます興味津々になって身を乗り出した。剣奈のそんな様子が嬉しくて、藤倉は意気揚々と猪伝説を続けた。
「そうなんだ。そして淡路島にたどり着いた。しかし忠太は追いかけてくる。そして猪は逃げ、忠太が追いかけるという追いかけっこが繰り広げられたんだ」
「うわぁ!どうなるんだろ」
「忠太は追いかけて追いかけた。そうして先山の大杉の祠に逃げる猪を見たんだ」
「追い詰めたんだ!」
「そう。そして忠太は叫んだ。「追い詰めたぞ!」。そして忠太は意気揚々と祠を覗いたんだ」
「うんうん!」
「そしたらね……。なんと千手千眼観音の胸に矢が刺さっていたんだ!」
「ええええええ!」
「びっくりするよね。忠太もびっくり仰天したんだ。そして忠太は観音様の化身に矢を放ってしまったと深く反省したんだ」
「そうなんだ……でもそしたら何で言わなかったんだろ……」
「そうだね。コミュニケーションがうまく取れていたら別の結果だったのかもしれないね。忠太は深く反省した。そして彼は悔い改めて出家したんだ」
「……」
「彼は名を「寂忍」に変えた。そして先山千光寺を創建した。千光寺縁起にはそんな言い伝えがあるんだよ」
「大きな猪さんを矢で撃ったら実は神様の化身だった……。ボク……、そんなアニメ見たことがあるよ」
――剣奈、それは日本の誇る偉大なるアニメだよ。でも場所違いだよ。アニメで猪が撃たれたのは東北白神山地といわれてるね。ところでそんな無邪気でいいのかね?いや、まあいいか。ゲフンゲフン。
『地脈に聖域、しかも伝説まである。ここにも邪気が棲みついていそうじゃの』
「伝説というと、洲本城のある三熊山の狸伝説もあるよ。三熊山に良い狸の夫婦が棲みついていたんだ。狸たちは漁の助けをしたり、道に迷った人を案内したりしていたそうだよ」
「うんうん」また新たなお話に剣奈は身を乗り出した。
「ある時この狸夫婦が人に化けて大坂見物に行ったんだ。大坂には淡路島と違って沢山の人がいて二匹は舞いあがった。興奮した二人は化け比べを始めた。その時ちょうど大名行列が通りかかったんだ」
「したにぃ、したに!でしょ?」
「そうだね。奥さんのお増は大名行列を夫の芝右衛門が化けたと思ったんだ。「うまく化けたもんだ」、お増ははしゃいで手をうって喜んだそうだよ。でも大名行列は本物だったんだ」
「えー!」
「大名行列を揶揄したからね。奥さんは無礼討ちで斬られた。奥さんを亡くした芝右衛門はたいそう悲しんで、淡路島に帰らず大坂に居ついたそうだよ。毎日芝居を見る毎日を過ごしていた。葉っぱをお金に変えてね」
「えー!葉っぱってお金のままなの?」
「さすがに変化は解けるよ。そして狸だとバレて殺されちゃった。淡路島の村人たちは悲しんで祠を建てたそうだよ。それが「芝右衛門狸の祠」なんだ。洲本城の主郭跡の近くにあるよ」藤倉はしみじみ言った。
「狸さんかわいそう。化け比べなんてしなければよかったのに」剣奈は悲しげに言った。
「はっ。教室でうれしくなって騒ぐ小学生と変わんねぇな。楽しいのは本人だけで周りは迷惑だっつうの」玲奈は毒づいた。
「ほっほっほ。楽しそうじゃの。さてさて、では淡路島南部の地質についても説明しようかね?」山木が尋ねた。
「はい是非!」剣奈が元気に答えた。
「淡路島の南には紀伊海峡から鳴門海峡方向に諭鶴羽山地があるんだ。方角でいうと北東から南西方向だよ」
「はい」
「その山地の最高峰は諭鶴羽山というんだ。標高六〇七.九m、淡路島最高峰だよ。山頂近くには諭鶴羽神社がある。ただしここの地質は火山岩ではない。君たち風に言うと地脈ではないということかな」
「地脈と関係ないのかなぁ?」剣奈ががっかりしたように言った。
「諭鶴羽山は白亜紀の和泉層でつくられているんだ。具体的には砂岩、礫岩、頁岩などの堆積岩だよ。なので地質自体は火山岩ではない。でもね。山の形成には地脈運動が大きく関わってるんだ。イザナギプレートが海底に潜り込むとき、海底にあった堆積岩を押し上げてできた。なので地脈が関わっているとも言えるかな」山木が付け加えた。
『なるほど。地脈起源の山に霊域。ここにも邪気は棲みついておるやもそれぬの』
「そしてここのあたりは地質的に交点に当たるんだ。淡路島の中央に向かって神戸からは六甲山地が続いている。紀伊半島からは和泉山脈がここに向かって続いているんだ。そして四国からは讃岐山脈がここに向かってる。つまり三つの地脈の大きな流れ、それが交差のが淡路島中南部にあたるというわけだよ。淡路島は日本のへそだという人もいるよ」山木が言った。
『それはまた物凄い地脈の集約点じゃの。まさしく邪気が好みそうな、、』
「ははは。困ったね。今聞いただけでも邪気がいそうなスポットは三か所か。二泊三日の予定できたんだけど、宿泊延長できないか聞いてみる必要があるね。文理融合研究の野外調査が思ったより長引きそうだってことでね。明日が北部、明後日が中部、明後日が南部とすると四泊五日あると安心だね」藤倉が楽し気に割り込んだ。
「ボク、お祖母ちゃんとお母さんに電話して大丈夫か聞いてみるよ。玲奈姉は?」
「アタシは別に聞く先なんぞねぇよ。しいて言うなら千鶴さんかな。剣奈が大丈夫ならアタシも同じだろ」
「私はどうしようかね。家族もいるしね。ただ、私が宿泊延長を出した方が通りやすいのは確かなんだ」山木が逡巡しつつ言った。
「すいません、山木先生。淡路島は宝塚から高速で一時間ほどなので、いったん帰ってから出直しても大丈夫です。ご無理ならそうしましょう」藤倉が答えた。
「いや、鉄は熱いうちに打てっていうからね。その調査、もちろん私も連れて行ってもらえるんだろ?宿泊延長させておいてずっと留守番はごめんだよ?」山木が慌てて付け加えた。
――おやおや、剣奈くん。勇者パーティーにメンバー追加みたいだよ?賑やかになってきたね。