122 イザナギプレートとヤマタノオロチ 素戔嗚命のご加護を求めて
「クニちゃ。因縁の相手見つかってよかったね。でも、ボク、ボク、巨大龍を相手に勝てる自信ないよ、、」剣奈が自信なさげに言った。
「タリメェだボケ。命を粗末にすんな。勇気ある忍耐だ。いつか見返せっ!」
玲奈が剣奈にアドバイスを送った。勝てない相手からは逃げろとの玲奈の経験から来るアドバイスである。実に親身であるのだ。しかしその真意は伝わりにくい……
『そうじゃの。ワシも今は巨大龍を滅す勝ち筋が見えぬ。じゃが思うのじゃ。奴の小さな眷属を根気強く浄化していくのはどうじゃろうかと』
「うん!」
『徐々に奴の力を削ぐのじゃ。逆にワシらは経験を積み力を蓄える。そしていつの日にか必ず奴を滅す』
「はい!」
「おいおい、藤倉くん。腹話術うまいじゃないか。壮大なストーリーを考えたものだね。さすが歴史学者だ。思わず引き込まれるよ」
山木はどうしても来国光が、刀がしゃべるとは信じられないようである。
――無理もない。それが現実だ。腹話術でもいいじゃないか。山木のおかげで宿敵の尻尾を捕まえられたのだ。
来国光は山木のことは何でも許せそうな気がしていた。山木は説明を続けた。
「さてこのプレートの沈み込みだがね、気の遠くなる昔から続いているんだよ。日本は昔、ユーラシア大陸の一部だったことは知ってるね?」
「はい。聞いたことがあります」と藤倉。
「日本列島の卵はね、古生代から新生大古第三紀にかけてユーラシア大陸の海岸で形成されていったんだ。そして淡路島がちょうどその大陸の端にあたる。そんな見方があるんだ」山木が言った。
「実に興味深いですね。歴史学者として述べますと、日本神話において日本で最初にできたのが淡路島とされます。『古事記』や『日本書紀』の国生み神話に書かれてます」
「なるほど」
「神代の昔、国土創世の時に伊弉諾命と伊弉冉命が天の浮橋にお立ちになった。そして天の沼矛を持って海原をかき回すに、その矛より滴る潮が、おのずと凝り固まって島となった。これが自凝島である。二神はこの島に降り立たれ、八尋殿を建てた。先ず淡路島を造り、つぎつぎと大八洲を拓かれたと」藤倉が日本の国生み神話を語った。
「日本史的にはそうなるんだろうね。では私からは地学学者として述るとしよう。日本の形成を考えるときに「中央構造線」の存在がとても重要なんだよ」
「中央構造線……聞いたことがあります」
「中央構造線は九州、四国から淡路島南部を通り関東へ抜ける巨大断層だよ。この断層が日本列島誕生時の痕跡を残すと言われてるんだ」
『巨大断層じゃと?』
「そうだよ。時代は白亜紀、およそ一億年前、恐竜の闊歩していた時代の話だね。当時大陸に沈み込んでいたプレート、その名が興味深い。何とね、イザナギプレートというんだよ」
「伊弉諾プレートですって?それはまた意味深な」藤倉は唸った。
「面白いことに命名したのは外国人だよ。Earth and Planetary Science Letters Vol 58, 2, pp.161-166(Woods and Davies 1982)に、”We propose calling this the Izanagi plate”という主張がある。二人ともワシントン大学所属だからアメリカ人かな?」
「ずいぶん日本通ですね。それに自分の名前とか英語のキャサリンとかメリーかとそんな命名をしないのも奥ゆかしいですね」
「イザナギノミコトたちが造った淡路島。イザナギプレートによって形成された日本。まさしく文理融合だね」
「我々もそうありたいですね」
藤倉と山木は熱い視線を合わせ、お互いに微笑んだ。剣奈は男たちの熱意と友情を目の当たりにし、男同士のロマンのかっこよさに感激していた。
玲奈は「ジジイ二人が見つめあいやがってキモいぜ」、と心のうちで吐き捨てた。さすがに口に出すことはしない。
来国光は四人の心の声がまる聞こえだった。温度差があまりにもありすぎて苦笑するしかなかった。
「話を戻そう」山木が続けた。
「淡路島から北の地域、九州北部から長野県あたりまでを内帯(Inner Zone)というんだ。そして淡路島の南の地域、九州南部から四国南部、紀伊半島あたりを外帯(Outer Zone)という」
「内帯、外帯ですか」
「そう。この二つの地域がさっき説明した中央構造線で西日本は南北に分かたれているんだ。この南北の地質構造は全く別物なんだよ?」
「そうなんですか?」
「そう。興味深いだろ?さらに東にフォッサマグナと棚倉構造線がある。ただそれらも言い出すと混乱するだろうから、そこはまあいいだろう。話をわかりやすくするためにいったん無視するよ?」
いや、すでに剣奈はさっぱりわからずに目がぐるぐるナルトである。玲奈は
「ジジイらがなに盛り上がってやがる」とはなから理解することを放棄していた。そんな中、話に熱中している藤倉が問いかけた。
「淡路島が地学的にも日本の構造の中心だったんですね。実に面白い。ひょっとするとその壮大な日本の成り立ちを目撃した人たちが伝承を語り、そこから神話が生まれたのかも?」藤倉が興奮して語った。
「恐竜たちしか目撃していなかったけどね」山木が冷静に返答した。
「ははは。そうですね。時代が違いすぎますね」藤倉がちょっとがっかりしていった。
「発想は面白いけどね」
「神話の多くはそうして生み出されたんです。人の目撃と経験が語り継がれて伝承になった。それが語り継がれてさらに伝説になる。例えば国生み神話は南海トラフ地震を経験して、一夜にしてすべてが変わった様を目の当たりにした人々が、神の御業を畏れ敬ったことから語り継がれた。そういう説もあるんですよ。昔から地震の多い地域みたいですからね」藤倉が言った。
「そうだね。地震によって地形が一夜にして変わることは日本全国に記録が残ってる。それを見た人が語り継いだ可能性は高いね。日本の神話はそういう話も多いんだろうね。例えば八岐大蛇伝説は製鉄と関係しているというのは有名な話だし」山木が藤倉の説に同意しつつ言った。
「そうですね、素戔嗚命の八岐大蛇退治伝説ですね。製鉄ですので刀である国光さんとも関係が深いですね」
『うむ。そうじゃの』
「そして製鉄だけでなく、地震との関係でも素戔嗚命は意味深なんですよ」
『なんじゃと?』
「一般的には地震の神様は武甕槌命と布都怒志命とされているんだよ。でもね。人によっては素戔嗚命こそ地震の神だ。そう言う人もいるんだよ」藤倉が言った。
「素戔嗚命さま?確か宝塚の滝で地脈を正した時にお呼びした神様の一柱だよね?」
(やっとボクにも発言できることができた)男たちの熱い会話に自分も男として参加しなければ。そう思っていた剣奈は意気込んで話に加わった。
――いや、君、女だろう。
『うむ。あの時は荒ぶる武庫川を鎮める神としてあの場にお呼びしたのじゃ。ワシの認識では素戔嗚命は荒ぶる水の神じゃからの』
「そうだね。それが一般的認識だよ?「素戔嗚命をお祀りする神社は荒ぶる川を鎮めるためだ」そう言ってる人は多いからね。人によっては「素戔嗚命をお祀りした神社は東日本大震災のとき津波被害を免れた」、そう主張する人もいるほどだよ」
「それも興味深いね」地質学者として山木が興味を示した。
「クニちゃ、ボク、そのうちでいいから素戔嗚命様のご加護いただけないかなぁ」剣奈がポツリと言った。
『そうじゃの。旅をしていればいずれそんな機会もあるじゃろ』
「理由はわからないんだけどね、素戔嗚命様のご加護をいただいたら、龍に立ち向かうナニカが見つかる気がするんだ」
来国光ははっとした。確かにそうかもしれないと。素戔嗚命は伊弉諾命が禊をして鼻を洗った時に産まれた神である。
来国光は思った。素戔嗚命は不思議な神様であると。彼は高天原では手がつけられないほどの乱暴者だった。ところが出雲に降り立った後は、様々な厄災をもたらす怪異を討伐していく英雄に変わるのである。その変貌ぶりは不可解としか言いようがない……。来国光は期待しつつも気難しそうな神に思慮した。
――素戔嗚命の変貌ぶりについては様々な解釈が可能である。しかし筆者は思うのである。彼はあまりに破天荒すぎる力ゆえに疎まれ、またその破天荒な力ゆえに崇められたのではないかと。素戔嗚命があまりに力を持ちすぎたがゆえに天上界では疎まれた。
しかしそ強き力は強大な怪異や災厄が跋扈する地上ではもてはやされることになる。怪異を討伐していった素戔嗚命は地上では英雄として崇められるようになるのである。
不遇の人物(神)が居場所を見つけると一躍活躍するようになる。一夜にして水を得た魚となる。人は「場を与えられると大化けする」。実に興味深い話ではないか。
来国光は思った。八岐大蛇は大蛇である。大蛇は竜に通ずる。そして竜は龍に通ずる。大海原深く日本へ向けて動く巨大龍脈、そこに巣食う邪気はおそらく龍を使役するだろうと。
今は来国光とて倒す勝ち筋が全く思い浮かばない。しかしである。剣奈のいう通り、素戔嗚命の加護をいただければ何らかの勝ち筋が見えはしないか。
来国光は改めて剣奈の恐るべき直感と天賦の才に瞠目するのだった。剣奈は確かに神に愛されし愛し子だと。
そして来国光は確信していた。剣奈は今、素戔嗚命の招きを受けたのだと。