121 来国光の宿敵 巨大龍脈がここに居たっ!
「うわぁ、美味しそう」
剣奈たち四人は漁師めし屋に来ていた。剣奈は三千百八十円の友明丸活魚定食を頼んだ。
ところで剣奈くんよ、君は久志本家で朝食、須磨でハンバーガーとお寿司盛り合わせ、明石では玉子焼とたこ尽くし、そして淡路島で大盛り定食だよね?君、今日六食食べていないかい?
――くっ。それだけ食べて太らないとは……いや、太っちまえ!ぽっちゃり剣奈になっちまえ!
それはともかく……
他のメンバーはというと、
「アタシは鯛のお作りで」と玲奈。
「私はゲソの天ぷらで」と藤倉。
「私は日替わり定食にしようかな」と山木。
明らかに剣奈の食べっぷりが群を抜いている。剣奈、やはり君はフードファイターに……!?
――ところで藤倉と山木が二人とも「私」だと誰が喋っているのか分かりにくくてしょうがない。本来目上相手に「俺」は使わない藤倉であるが、ここは一人称を「俺」にしてもらうことにしよう。
海鮮の幸をたっぷり満喫した剣奈は上機嫌で交流セミナー室に入っていった。リュックの中にはコンビニで買ったおやつ満載である。もちろん指定場所以外は飲食禁止である。
「さて、淡路島の地質について知りたいということでよかったかね?」
山木はパソコンにHDMIケーブルをつないだ。そして画面をプロジェクターに投影しながら尋ねた。
「はい。特に地脈の様子が知りたいんです」と藤倉。
「地脈ね、君の言う「地脈」とはどんなイメージかな?」と山木。
「それなんですが、事前に話していたとおりもう一人参加者がいます。彼から話してもらってもいいですか?」
「ああ、確かに超常現象について言っていたが、本気なのかね?それとも合宿のアトラクションかね?」
『初めてのお目見えする。ワシは来国光と申すもの。よろしくお願いし申す』
「ははは。確かにもう一人の声が聞こえるね。何処かにスピーカーがあるのかね?」と山木。
「先生、実は俺も初めての時はそう考えました」
そして藤倉は来国光のこと、地脈に住み着いて星命エネルギーを貪る邪気のこと、邪気が災害を引き起こすこと、退治のために自分たちがやってきたこと、などを詳しく説明したのだった。
「むむむ。にわかには信じがたいことだね。何処まで本当かね?」
「俺も初めての時は信じませんでした。しかし実際に異世界に行って剣奈ちゃんが怪異を倒すのを見ました。邪気を浄化するのを目の当たりにしました。すべて事実です」
「そんな小さな子供がねぇ。まあ押し問答をしても仕方がない。レクチャーを続けよう。つまり君らが知りたいのはこのあたりのマグマやマントル起源の地層についてだね?」
今度は来国光が「マグマ」や「マントル」を理解できなかった。しかしともかく聞くことにした。
――理解できないのかね邪斬くん。とすると邪斬くん?君は出てきてただ山木先生を混乱させただけじゃなかったのかね?出てくる必要あった?
「さて溶岩起源の地層ということだと淡路島北部に露出しているものが幾つかある。一つが白亜紀の花崗岩層。もう一つが白亜紀後期の花崗岩層だ。いずれも島の北部に見られる」
「北部ですか……」
「そう。そして島の北部には断層が多い。阪神淡路大震災で有名になった野島断層も北部で北西部海岸線沿いに十kmほど続いている」
『とすると邪気は北部に巣食っている可能性が高いかの?』
「邪気というのはよくわからんが、震源と言うなら当てはまる。阪神淡路大震災の震源は北緯三十四度三十六分、東経百三十五度〇二分。淡路島の北端から垂水区までの真ん中あたり。明石海峡のど真ん中から少し西よりの深さ十六kmの海底地下だったよ」
「海底?そんなとこ行けないよ」
『海底十六kmとはの。残念ながらここの邪気本体はあきらめるしかないかもしれぬ』
「そうだね。おのころ丸は潜水艦でもないし、そもそも地下には潜れないからね」
『せめてはぐれ邪気だけでも浄化できればの……』
「邪気とは断層の歪の文学的言い回しかね?もしそうだとすると淡路島の陸部分に歪みの溜まってる場所は多いよ?」
「それです!たぶん」
「そうだな、少し広範囲な話をしよう。まず淡路島の歪は南海トラフが大きく関係してるんだよ」
「南海トラフ?」
「日本に向かって太平洋プレート、つまり陸の塊のことなんだけどね、ほらこの図のように太平洋の海底が日本に沈み込んでいるんだよ」
壁際に設置されたスクリーンに九州、四国、紀伊半島から伊豆にかけて一本の帯がしめされていた。そしてフィリピン海プレートがユーラシアプレートに沈み込む様子が次の図で示された。
『まさに巨大な地脈、巨龍脈じゃな。邪気の大好物じゃろうよ』
「そしてこの南海トラフは繰り返し大きな地震を起こしてるんだ。主なものでも、六八四年 白鳳地震、八八七年 仁和地震、一〇九六年 永長東海地震、一〇九九年 康和南海地震、一三六一年 正平・康安の東海・南海地震、一四九八年 明応地震、一六〇五年 慶長地震、一七〇七年 宝永地震、一八五四四年 安政東海・南海地震、一九四四年 昭和東南海地震、一九四六年 昭和南海地震などだね」
『なんじゃと!』
来国光は唖然とした。自分が打たれ、奉納され、けれど防げなかった一三六一年の康安地震。それがこの巨大龍脈に巣食う邪気のせいだったのである。来国光、自分の宿敵の相手がようやく判明した瞬間であった。
『ふはっ、ふはっ、ふははははははは。まさかの。まさかここで因縁の宿敵の尻尾を捕まえられるとはの。思うても見なかったわ。山木殿、心から感謝する』
驚きの展開であった。まさかこんなところで因縁の相手が判明ようとは。探し求めてきた敵の本丸と巡り会おうとは。
来国光は山木、そしてこの巡り合わせを導いた藤倉に心からの感謝をささげた。そして宿敵の隠れ家をついに見つけたことに興奮し、静かに闘志を燃やすのでだった。