115 お人よしババアとお人よしボクっ娘め しゃあないアタイが守ったるわ
千鶴は玲奈に向き合っていた。
「初めまして牛城さん。私は久志本千鶴と言います。剣奈の祖母です。お話は剣奈と来くんから聞きました。好きなだけここに滞在して行ってください」
「はぁ?婆孫揃ってお人好しか?アタイみたいなもん入れたら金目のもん持ってバックれるで?」
「その時はうちと剣奈に見る目がなかっただけのこと。仕方あらへん。ただ、その時はちゃんとけじめつけさせてもらいますけどなぁ」
「へぇ、警察に突き出すってか?」
「いいえ。二度と剣奈に会わせんだけですわ」
「甘っま。持ち逃げしとんねんから会うわけないやろ」
千鶴はそれ以上言葉を発せず、玲奈の顔を、目を、仕草を、じっと見つめた。人の本心は言葉でなく態度に現れる。玲奈の本心がどこにあるのか見極めようとした。
千鶴は思った。自分が傷つくのは構わない。けれど自分が人を見誤ることで剣奈を悲しませるのは許せなかった。千鶴は玲奈を守ると覚悟を決めた。しかし、それは剣奈の心を守るよりもずっと優先順位は低かった。
玲奈はじっと見つめられバツが悪くなった。そしてうそぶいた。
「チッ。お人好し一家め。どないなっても知らんからな」
「大丈夫。ボク、お姉さんのこと信じてる。もしまた邪気に操られて立ち向かってきても、ちゃんと殺してあげる。そしてまた生まれ変わったお姉さんと友達になるよ」
剣奈、とんでもないことをさらっと言った。いや、だいたい人殺しは嫌だと泣いてなかったか?鎧武者や牛女やゴブリンと闘って慣れてしまったのか?ちょっと怖いよ?君……。
読者様からは人を殺さぬ剣奈が好きと言われてるんだぞ?感性を鈍らせないでほしいなぁ……
剣奈のとんでもない一言によりその場の空気が凍りついた。みんなドン引きだった。玲奈は戸惑っていた。これほど真正面から心に入り込まれたことはなかった。
玲奈はこれまで踏み躙られ続けてきた。奪われ続けた。蔑まれ続けた。閉じ込められ続けた。玲奈が他人から何かを与えられたことなど一度もなかった。
ちっ。このお人よし集団が。玲奈は心でそううそぶいた。
しかし……
「くっ……」
気がついた時、玲奈は大粒の涙を流していたのである……
「こえーよ、怖すぎてブルっちまったよ」
滂沱の涙を流す玲奈は怖がっている顔には見えなかった。玲奈はうつむき、しばらく嗚咽を漏らした。そしてぽそりとつぶやいた。
「ありがとな……」
千鶴には理解できた。剣奈の真っ正直な一途さが、玲奈の心に届いたのだと。剣奈の心が玲奈の虚勢を打ち破り、強がりの殻を打ち破ったのだと。剣奈の心が、傷だらけの彼女の魂にたどり着いたのだと。
千鶴は玲奈を抱きしめた。玲奈は……子供のように大声をあげながら千鶴の胸で涙を流し続けた……。
剣奈は突然泣き出した玲奈にどう対応して良いか分からず、オロオロしていた。
「ボク、何か変なこと言っちゃったかな。ちょっと怖がらせちゃったかな。あれ、本心だったんだけど、よくよく考えるとやばいよね。なんて言ったけ、サイコパス?」
剣奈、明らかな誤用である。
泣き疲れた玲奈は我に帰った。そして恥じた。初対面の人の前でガキのように泣いた。みっともねー。いつもはこんな時、お礼に身体を好きにさせてたけどな。
それで千鶴や剣奈が喜ぶわけないわな。返せるもんなにかないかな……。これまで受けた好意には必ず対価を支払ってきた。いや、支払わされ続けてきた……。一方的な好意にどのように対処したらいいのか玲奈にはわからなかったのである。
「飯代と宿代はちゃんと返す」
「ええんやで。その代わり剣奈の面倒を頼むわ。泣かせたら承知せえへんで」
「わかった。ナンパ野郎が寄らんようにギンギンに目を光らせとくわ。なんなら藤倉しばき倒したろか?アイツ、嬢ちゃんのこと女として見とるで」
「難儀やなぁ。藤倉さんも。まあ分からんでもないわ。剣奈は魅力的すぎるからな。美人は辛いもんや。美女の宿命な。まあ男はそんなもんやろ」
「男はクズや」
「そやな。クズ多いわ。ほんま。まあでも藤倉さんは大丈夫やろ。ヘタレやし。なんやでける人やったら、あの歳まで独身やないわ。なんかしよったら千剣破黙ってへんやろしな」
「千剣破?」
「うちの娘。剣奈の母親」
「そうかよ。まあアタイは好きに守っとくわ。これで話は終わりやな?飯くれるんか?腹減ったわ」
「じゃあご飯にしましょかね。ハンバーグ焼いたげるわ」
「うわぁ、ボク、ハンバーグ大好き」
剣奈、無邪気なものである。
「手伝うわ。飯の手伝いぐらいできる」玲奈が立ち上がった。
「じゃあお願いしよかね」
玲奈は千鶴の後をついて台所に向かった。玲奈は不思議な感覚を味わっていた。生まれて初めての感覚だった。胸が暖かかった。
玲奈はいつも周囲に気を使い、警戒ばかりしてきた。敵かクズしかいなかった。気を抜くとボロボロにされた。玲奈は生まれて初めてくつろぎを覚えた。そして思った。こんなどうしよもないお人好し連中、よう生きて来れたな。甘々やんけ。
しゃあない。
アタイが守るしかないわな。
このお人よしババアとお人よしボクっ娘め……