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113 甑岩の誓い 何だこの天然馬鹿は…仕方ねえ、アタシが守ってやるか


『ほほう。招かれたか。転位の術式を施しておらぬのにお主も招かれのか』

「誰だテメーは。どこにいやがる。いや、嬢ちゃんと同じ紐がリュックに見えるぜ。テメー何もんだ?」

『ほほう。ワシらの結紐(ゆいひも)が見えるか。剣奈、ワシを出してもろうてよいかの』


 剣奈はリュックから来国光をうやうやしく取り出し、左腰に差した。


「クニちゃだよ。ボクのパーティの大切な仲間。剣の妖精さんだよ」

「はぁ?何言ってやがる。頭大丈夫か?いや、おかしいのはアタイか。ここはどこだ?甑岩はあるのに他はなんもねえ、人もいなくなってやがる。何しやがった」

「ボクもわかんないんだけど、神社でお参りすると時々神様がいたずらしてくるんだよ。大丈夫。多分すぐ戻されるよ」

「はぁ?神様?そんなんいるワケねぇだろ。神様がいるんだったらどうしてアタイは殴られ続けた?どうしてアタイは酷い目にあわされ続けた?なんで救ってくれなかった!」


 悲痛な叫びだった。玲奈は幼少の頃から親に殴られ続けた。少女になると父親からの性的暴行が始まった。

 痛いと言えば殴られた。泣いていると「笑え!」と殴られた。殴られるのは嫌だった。怖かった。痛かった。だから泣きたいのを我慢して笑顔を浮かべた。すると今度は「マグロめ」とまた殴られた。何をしても殴られる。そんな絶望の毎日がずっと続いた。

 母親はそれを見ても助けてくれなかった。それどころか、むしろ憎々しげに睨みつられけた。神様がいるならあの時なぜ助けてくれなかったのか。

 

「神様がいるなら、なぜアタシは地獄の日々をおくらなぎゃならなかったんだ。どうして絶望の日々をおくらねばならなかったんだ」

 

 玲奈は唇を噛み締め、両手の拳を握りしめた。唇に歯が食い込んだ。手のひらに爪が食い込んだ。そんな玲奈の様子を見て来国光が口を開いた。


『お主の壮絶な生い立ちを思えばお主の言っておることはもっともじゃ。しかしじゃ。それでもワシは思うのじゃ。よくぞ生き抜いてくれたと。そしてこうとも言える。その重い荷に耐えられたお主はむしろ神の試練を乗り越え、神に選ばれたのではないか?』

「はぁ?なんでアタイだけがそんなクソ試練を受けなきゃなんねえんだ」

『そうじゃの。その通りじゃ。実に理不尽じゃ。分からんでもない。ワシはの、この不自由で冷たい体に魂を与えられた。気が遠くなるほどの年月をこの動かぬ体の中で過ごしてきた。おそらくずっとこのままじゃろ。まだまだ気の遠くなる年月をこのまま過ごさねばならぬ。過酷な敵を撃ち続けねばならぬ。場合によっては土に突き立てられ身動きもできず、そのまま気の遠くなるほどの時間を過ごさねばならぬ。実に理不尽じゃ』

「なんだそれ。テメエがそうだってのか」

『うむ。そしてこの剣奈はな、男子として生を受けた。しかし神によって召され、女子(おなご)として生まれ変わった。そして女子の身で苛烈な敵と闘い続けねばならぬ。傷つけられ血まみれになろうと、誰からも助けてもらえぬ』

「んなわけあるかよ。勝手に男が女に変わるわけねぇだろぉがクソが」

「ほんとだよ?ボク、男の子だったんだ。でも神様に選ばれて女の子になっちゃったんだ。敵に囲まれてズタズタされたり、腕をざっくり切り裂かれたりしたよ?雨のような矢に撃たれたり、鬼の棍棒で叩きのめされそうになったりもした。武者たちに追いかけ回されたりもした。ほんと酷い目に遭ってるよ。でも、ボクは後悔してない。ボクには選ばれた使命があるんだ。辛い道でも歯を食いしばって進まなきゃならないんだ。お姉さんはボクと同じだ。神様から特別な力を授かってる。きっと意味があるんだ。ボク、お姉さんと一緒に魔王を倒したい」

「はぁ?おい!このガキ何言ってやがる。頭湧いてんのか?」

『剣奈の言うことは本当じゃよ。この娘は何度も死にかけておる。いや、ひょっとすると死の境界を越え、黄泉比良坂(よもつひらさか)を転げ落ちかけたことも幾度かあったやもしれぬ。黄泉津大神(よもつおおかみ)がそこに留まるのをよしとしなかっただけやもしれぬ。お主もそうではないのかの?それだけの酷い目に遭わされたのであれば命を落としておるのが普通じゃろ。なれどお主はそこにおる。そしてワシらに出会った。言っておくが、剣奈はお主をここに連れ出したわけでは無いぞ?お主は神に選ばれたのじゃよ』

「けっクソったれ。じゃあ何か?その神様とやらがわざわざアタイを選んで酷い目に遭わせ続けたって言うのか。ならそれは神じゃなくて邪神か祟神(たたりがみ)じゃねぇのか」

『そうじゃの。そうやも知れぬ。しかしの、その祟神はそれでもこの世を救いたいと思うておるのじゃ。そのためにできることをしようとしジタバタしておるのじゃ』

「崇高な志のために、アタイは踏みつけられ続けたってか。は、いい迷惑だぜ。アタイじゃなくて他の奴を選んでくれよな」

『お姉さん。ボクもわかんない。なんでボクが選ばれたのか。なんでボクが女の子にならなきゃいけないのか。それでも、選ばれちゃったんだよ。地球を救わなきゃいけないんだよ。ボクら以外誰にもできないんだよ。だからね、お姉さん、ボクと地球を救お?ボクのパーティメンバーになって?」


 勝手なことをぬかしてやがる。玲奈は思った。しかしなぜだろう。この娘には恩がある。そんなわけはないのに、心がそう感じちまってる。

 アタイはこの娘と闘った。アタイは心を闇に奪われた。そしてこの娘を屠りかけた。この娘を切り裂いた。毒を浴びせかけた。

 そんなはずはないのに、そんな気がしやがる。クソッタレが。どうせクソみたいな人生だった。いいことなんざ何一つなかった。叩かれ続け、奪われ続け、犯され続けた。

 なら、もう一つくらいクソみたいなことが加わっても、どうって事ねぇ。今とそんなにかわんねぇ。


「金出んのかよ?タダ働きは嫌だぜ?」

「ならさ、ボクと一緒に宝探ししない?クニちゃ言ってたんだ。クニちゃは宝が近づくと宝の匂いがわかるんだって」

「マジか。ぶっ飛んでやがる」

「当面のアルバイト代なら私が雇えるよ。ただしちゃんと資料整理を手伝ってもらわないとだけどね」


 藤倉が研究費を使ってアルバイト代を出せると説明した。正直藤倉には話の流れがさっぱり分からなかった。

 なぜ剣奈ちゃんと邪斬さんはさっきあったばかりの不良少女を信じられるのか。なぜいきなりこの不良娘を仲間として一緒に冒険をすることしたのか。

 けれど藤倉は考えた。この不良少女はこの世のものならざるものを見る特殊な目を持っている。それは剣奈の冒険にきっと役に立つだろう。

 そしてもう一つ。彼女はオートバイを持っている。藤倉が剣奈に示せる利点はオートバイによる移動手段、そしてナンパ避けである。彼女ならナンパ野郎が寄ってきたとしても一喝して追い払うだろう。


 しかし、しかしである。そうすると藤倉の存在価値がなくなってしまう。下手をすると藤倉はお払い箱である。

 それは嫌だった。なんとかして剣奈との繋がりを保ちたかった。研究費であれ、ポケットマネーであれ、些少のアルバイト代で剣奈との繋がりが保てるなら安いものである。そしてお金を出す立場に立てば、雇用者としてならこの不良少女の上に立つこともできよう。


 おやおや。ゲスである。藤倉。


「はっ。資料整理だぁ?そんなんでいいのか。知らねぇエロジジイの相手するよかずっとマシだぜ」


 金がもらえるならそれに越したことはない。いけすかない中年オヤジだが、この様子だと身体を求めてくることはなさそうである。言われるままに資料整理とやらをするだけで金がもらえるならチョロいものである。玲奈はそう判断し、それも悪くねぇと前向きに考えた。


「ご飯とお布団はなんとかならないかお婆ちゃんに聞いてみるよ」


 は?この嬢ちゃんは良いとこの嬢ちゃんなのか。世間知らずにも程がある。身体が成熟したらそのお人好しにつけ込まれてすぐ美味しく頂かれちまうぜ。

 まあ、アタイが教育してやるのも悪くねぇか。ちょっと脅しかけるか。


「いいのか?寝てる間に金めのもん奪って逃げちまうかもしらねぇぞ。大体アタイたちさっき会ったばっかだろうが。お人好しもいいが、そのうち痛い目を見るぜ?」

「えへへ」


 剣奈が得意げに微笑んだ。玲奈は面食らった。何だこの馬鹿は。ほんとにこの嬢ちゃんは甘っちょろい。仕方ねえアタイが守ってやるか。


「あん♡」


 剣奈の子宮が内側からそっと撫でられた。いきなりの嬌声である。玲奈はこの中年オヤジがセクハラをかましやがったかと疑った。そして藤倉を絶対零度の目で冷たく睨んだ。


 風が吹いた。三人三様の想いを抱いたまま、三人は幽世の風に溶けた。


「あっ、クニちゃ」


 いきなり現世に戻らされた三人である。見回すとちらほらと人の姿が見えた。来国光は剣奈の左腰に差されたままだった。

 剣奈は目をぐるぐるナルトにしながら、大慌てで来国光をリュックに入れた。剣奈は母からきつく言い含められていたのである。現実世界で来国光をリュックから出すと法律違反であると。クニちゃをお巡りさんに取り上げられてしまうと。


 甑岩はそんな様子をただ静かに見ていた。岩が微笑んだ。そんな気がした。




【第六章 聖なる山 完】

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