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110 八尾比丘尼と剣奈 (イラストあり)


「風が気持ちいいね。雲がたなびいてすごく綺麗」

「そうだね。きっと(いにしえ)のお妃様も同じような景色を見たんだろうね。そしてここにお寺を建立しよう。そう決意したんだろうね」


 たなびく雲が太陽に照らされて輝き、地面から立ち上る水蒸気が虹のようにキラキラと光り輝いた。剣奈と藤倉は美しい風景をしばらくずっと見ていた。


◆剣巫女イラスト 甲山浄化を終えていにしえの姫を想う

挿絵(By みてみん)


「戻ろっか。タダちゃ」


 剣奈は藤倉に微笑みかけた。剣奈のほほえみを見て藤倉の感情が膨れ上がった。剣奈が愛おしい。抱きしめて離したくない。藤倉は湧き上がる想いを噛み締めつつ、剣奈の使命を考えて奥歯を噛み締めた。

 剣奈は神々が選びこの地に遣わした女神なのだ。俺が穢していい存在じゃない。俺一人の欲でこの世を破滅させるわけにはいかない。

 

 ただのロリコン変態オヤジが何やらカッコいいことを夢想して一人で盛り上がっていた。

 

 来国光は藤倉の(よこしま)全開の心には気づき警戒していた。しかしどうやら自己完結しそうな様子にホッと胸を撫で下ろした。

 剣奈はダメなのだ。タダビトに渡してしまえる存在ではない。余人代えがたし。誰にも剣奈の代わりはできないのだ。来国光は覚えていないながらも剣奈が過去最高の戦闘巫女であると確信していた。

 剣奈の恐るべき戦闘能力、戦闘センス、素晴らしい吸収力、応用力、柔軟力、そしてしなやかさ。全てが高い次元でまとまり輝きを放っていた。

 来国光は考えた。剣奈は神々に作り替えられた至高の存在なのだと。剣奈は常に薄衣のような神々しい神気を纏い、その魂はあくまで無垢である。来国光の剣気にも剣奈は常に満たされている。剣奈の身体はおそらく人の世の時間では測れないであろう。


 来国光の心に八百比丘尼(やおびくに)のことがふと浮かんだ。彼女は八百歳ほども生きたという。しかし彼女の身体は老いることなくずっと十五歳ほどの少女の姿だったと伝わる。

 若い少女の姿で八尾比丘尼は全国を旅した。来国光は考えた。ひょっとすると彼女にもなんらかの使命があり、尋常ならざる力で身体を作り替えられた存在ではなかったかと。

 

 八百比丘尼(やおびくに)の足跡が語られる時代は主に十四世紀後半から十六世紀、室町時代にあたる。彼女は東北から九州までさまざまな場所で目撃されている。若狭国、佐渡国、能登国、越後国長岡など日本海沿岸地域に加え、関東、東北、四国、九州など日本各地での目撃伝承が残る。八尾比丘尼を研究する人の中には、彼女は関東、中部などからの伊勢神宮参拝ルールに目撃が散見されると主張する人もいる。しかし彼女の伝承が特に多いのは若狭国小浜である。


 来国光はぼんやりと考えた。彼女の歩んだ地域と地脈のずれは奇妙に一致しているのではと。

 来国光は藤倉の言ったことを思い出していた。『星解』に描かれた赤気の目撃談は一七七〇年(明和七年)だと。『星解』には若狭方面に大量の赤気が突き刺さる絵が描かれていた。しかし『星界』の目撃談の時期は八百比丘尼の生きた時代とは明らかに異なる。

 

 しかしこうも考えられるのではないか。来国光は思った。八尾比丘尼はかつて全国の邪気を浄化していった。日本海側にも多くの断層が走り、邪気に引き起こされる地震も少なくない。そのため彼女は日本海側の邪気浄化に力を注いだ。そのため小浜などに目撃談が多いのかもしれないと。

 その考えが正しければ小浜周辺の邪気は滅せられ、あのあたりは邪気がいない空白地域になっていたのかもしれない。空白地帯は新たに地球に到達した邪気から見れば、先住者が誰もおらぬ餌場、絶好の穴場に見えたのではないだろうか。そこで誰もおらぬ穴場にこぞって巣食おうと入り込んだのではないだろうか。それが目撃されたのだろうかと。そう考えると時期のズレはむしろ辻褄が合う。

 ひょっとすると八尾比丘尼も剣奈と同じような存在だったのではないだろうか。後の世では剣奈も人魚の肉を食ろうて日本各地を旅したと語られるようになるのだろうか。

 もしそうだとするとワシと剣奈との付き合いは長くなりそうだ。そんなことを考えつつ、来国光は歩く剣奈の腰で心地よく揺られていた。


◆邪気の地球への侵略 『星解』の赤気より

挿絵(By みてみん)

 

「どこで異世界から現実に戻る?あの病院の横の川までいく?」


 剣奈の問いに不意に意識を戻された来国光である。


『そうじゃの。しかし芦屋断層を蝕んでおった邪気の本体は浄化した。もはやあそこに戻る必要はなかろう。藤倉の鉄馬に近い場所が良かろう。ほれ、あの大きな岩、女陰(ほと)岩じゃったかの?あのあたりはどうじゃ。すぐ近くは鉄馬車の往来が激しかった故、少し林に立ち入った場所が良かろう』


 凹である。凹に引き寄せられ凹になる剣奈。無意識のうちに来国光は凹に剣奈を誘導していた!


「わかった。この地を守ってきたあの岩を穢そうとに取り憑いていた邪気も、あそこに縛り付けられていたお姉さんを利用した邪気も、もういないよね。異世界から戻るにはちょうどいい場所かもしれないね」


 剣奈は夫婦岩を目指して歩き、夫婦岩から少し離れた場所に立った。ペットボトルを取り出し、両手に水をかけ、口をすすいだ。来国光を抜き、刀身に水を垂らした。

 剣奈はさらに頭、両肩に水を注ぎ、タオルで来国光と自らを拭いた。神事の前にお清めをすることは、剣奈にとって無意識に行われる自然な動作となっていた。

 さきほど脱衣して禊をおこなったばかりであるので今回は服を脱がずに簡易で済ませた。


 藤倉ががっかりしたような表情を浮かべたのは気の所為ではあるまい。誰か藤倉を止めておくれっ

 

 剣奈は夫婦岩に深く一礼した。そして甲山の方角にも深く一礼した。続けて来国光を両手に高く捧げ、北東南西の順に深く(こうべ)を垂れ、深く腰を折って神様方に心から感謝の意を捧げた。来国光をリュックにしまい、藤倉の手を握って祝詞(のりと)を唱えた。


()けまくも綾に(かしこ)

天土に神鎮(かむしずま)()

(いとも)も尊き大神達の大前(おほまえ)

慎み敬い (かしこみ)(かしこみ)(まを)さく

(さきわ)ひ給ひし事を

嬉辱奉うれしみかたじけなみまつりりて

今し大前に参集侍(まいうごなは)れる

剣奈と来国光と藤倉を 現世(げんせ)に戻さむことを

(おろが)(まつ)るをば

(たひら)けく(やすら)けく

聞こしめし(うづな)(たま)へと

白すことを聞こしめせと

恐み恐み白す


 一陣の風が吹いた。剣奈たちは霞のように風に溶けた。あたりには清々しい空気が残るだけだった。

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