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105 危ない扉の開く音 小悪魔剣奈の藤倉魅了

 藤倉は見た。激しい戦いの後、崩れるように沈み込んだ小さな少女を。彼女は闘っているときはあれほど大きく見えた。なのに……、いまはか細く……。風に溶けて、消え去りそうな風情だった。


 ポタリ、ポタリ……

 

 少女の右頬から何かが地面にしたたり落ちていた。赤かった。赤い液体が剣奈の右頬に広がっていた。そして地面にしたたり落ちていた。


「剣奈ちゃん!」


 藤倉は大声で叫びながら剣奈に向かって走っていった。剣奈はノロノロと顔を上げた。そして藤倉の方を向いた。

 剣奈の頬は血にまみれていた。真っ赤だった。目は泣きはらしたように赤く腫れていた。


「剣奈ちゃん、怪我を!」


 藤倉は焦った。いたいけな少女に怪我をさせてしまった。自分はコソコソと逃げ回るだけだった。犬に怯え逃げた。牛女に怯え大きく距離をとった。

 藤倉は自分が惨めだった。こんな小さな少女にだけ闘わせ、自分は安全圏から見物していた。テレビで肉食獣同士の血みどろの闘いを見物するように。


 しかし藤倉はわかっていた。だからといって加勢するのは勇気ではない。無謀だと。蛮勇だと。

 藤倉が加勢したとて一瞬で屠られていただろう。そんな藤倉を守るため、剣奈は怪異に立ちふさがり身をさらしただろう。

 そこで何が起こったか。剣奈は藤倉をかばって引き裂かれただろう。そして守り手を失った自分もあっさり引き裂かれただろう。二人そろって怪異に蹂躙されただけだったろう。

 

 藤倉はわかっていた。しかし無念だった。せめて出来ることをしよう。そう思った。

 藤倉はウエストポーチから消毒液とガーゼを取り出した。


「今治療する。そのままで」

「あ……、大丈夫……」


 剣奈は声を上げた。何が大丈夫なものか。大怪我ではないか。しかも顔。少女の可憐な顔にざっくりと深い傷を負わせてしまった。千剣破に何といえばいいのか。信頼して任せてもらったというのに。


「大丈夫。ヒールっ!……ん♡んんんん♡あん♡」


 急に身もだえ嬌声を上げ始めた剣奈である。藤倉は呆然と足をとめた。不覚にも、体の一部が反応してしまった。藤倉のマグナムが……。そして藤倉はさらに自己嫌悪に陥った。

 

 剣奈の身体を白黄のオーラが覆い、そして消えた。光が消えた後、剣奈はみずみずしい潤いに満ちていた。肌はプルプルとみずみずしく輝いていた。黒髪はサラサラと風にきらめき揺れていた。右頬は血に濡れたままだった。しかし傷口はどこにも見られなかった。顎からポタポタと流れていた血は……なくなっていた……。

 

 剣奈の身体は先ほどの激しい戦闘が嘘のような瑞々しさだった。汗ばんだ身体から峻烈でさわやかさな色気が立ち上っていた。

 

 藤倉は乙女座りをして肩を落とす華奢な少女を見つめた。惹かれた。庇護対象としてではない。異性として惹かれた。女として惹かれた。惚れた……


 ギギギギギ


 児童趣味のない藤倉の心でナニカの扉が開く音がした。

 

 いかん。なにを思っているのだ俺は。この娘はまだ小学校三年生なんだ。しかも教え子のお子さんじゃないか。なにを考えている俺。鎮まれ。鎮まれ、鎮まれ、俺の心。俺のナニカ!俺のマグナムぅ!

 

 藤倉は「私」という取り繕った第一人称を知らず知らず捨てていた。「雄」としての自分を強く意識し、第一人称は「俺」に変わっていた。

 

 しかし藤倉は自制した。鋼の心で自制した。そして誓った。この娘には絶対手を出すまいと。


 十八歳までは……


 全然自制していなかった!


 ただの変態がそこにいた。十八歳といえば大学入学するかどうかの年齢である。藤倉よ、お前は大学一年生の教え子に手を出すのか!


 藤倉忠恭(ふじくらただゆき)、独身。五十を超えたばかり。研究に身と心をささげてきた男の初めての恋であった。


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