99 ジト目の千剣破 賢者と勇者 スズキ Vストローム250(イラストあり)
「じゃあ今回の相談はひとまず解決かな?」藤倉が朗らかに言った。
「はい。ありがとうございました。来くんの登録と寄贈の件、今後とも何卒よろしくお願いします」千剣破が深く頭を下げた。
「私は登録しなくてもいいんじゃないかと思うよ」藤倉が明るく言った。
「それは法律違反では?」
きょとんとした顔で千剣破が言った。「えっ?何切ってるの?この人」。千剣破は少しがっかりしたようなジト目の視線で藤倉を眺めた。
「法律を遵守することで来国光さんが動きにくくなって、それで地球に悪影響が出た場合、その杓子定規な行動は正しいと思うかい?」
「でも先生は犯罪行為は許さないと仰っておられたと思うのですが?」
「もちろん犯罪行為は許されない。しかしあのとき思ったのは申し訳ないが窃盗だ。君が知ってか知らずが窃盗団に利用されていると私が判断した場合は警察に連絡すると言う意味で言った。来国光さんのケースは全然違う。来国光さんは異世界で封印されていた。選ばれしマレビトが来るのを待っていた。普通はマレビトというのは異世界から現世なんだけどね。今回は現世から異世界に剣奈ちゃんがマレビトとして招かれた。つまり剣奈ちゃんは来国光さんの正当な所持者として神に認められているわけだ。それを人の法律に当てはめることこそ無理があるのでは。それは神への背神行為になりかねないとは思わないかね?」
「すいません。わかりません。私には答えが出せません」
千剣破は左手で額を抑えた。何が正しいのかわからない。頭がグルグルしてきた。こういう時はどうすれば?そうだ、何が最優先か優先順位について考えよう。
千剣破は考えた。今の地球にとっての最優先は何か?それは宇宙幽玄体による地脈エネルギーの略奪阻止とそれによって引き起こされるであろう地震など大災害の抑止だろう。もし地震が起きてしまえば多くの人が被災してます。死傷者も出るだろう。それを未然に防止することができるのであればそれこそ一番大事ではないか。
しかしである。千剣破は法を破ることが気持ち悪いのである。所詮は女だと言われるかもしれない。女は大局が見れないからダメなんだと嘲られるかもしれない。小市民とバカにされるかもしれない。「女だから」という悪口は千剣破が最も嫌うものである。だけど!気持ちが悪いものは悪いのである。
「誰かに超法規的処置とお墨付きを頂くことはできないんでしょうか」
「君は本当に真面目だな。わかった何か方法がないか考えておくよ」
「すいません。頼りにしています」
藤倉とて超法規的処置を得る方法が見えているわけではない。藤倉は考えた。もし警察に話を持っていけばどうなるだろう。おそらく妄想癖、狂人扱いであろう。その結果、来国光は没収されるだけである。これは悪手だろう。
それでは役人に話を持って行くのはどうだろう?藤倉は脳内シミュレーションを続けた。いや役人に大きな決断は難しいだろう。では自衛隊は?門前払いだろう。政治家は?信じてもらえないか、利用される可能性が高いだろう。
もし下手に剣奈ちゃんの並外れた能力が表沙汰になると何処かの国家に取り込まれ、手を汚す仕事を強いられることになる可能性すらある。何しろ幽世を経由することでいかなる防衛手段もスルーすることが可能になるのだ。
さらにもし剣奈ちゃんが機械や爆弾を自由に移転させられるならどうなるか。考えるだに恐ろしい能力である。もしそれが可能ならどんな国でも一瞬にして指導層を全滅させることができるだろう。剣奈ちゃんは洗脳されて便利な道具にされてしまうか、危険極まりない存在として殺されてしまう可能性がある。騒ぎを起こしたくないのでマスメディアも却下である。
色々考えたが思い付く手がない。藤倉は思った。何もしないことが今の最善ではないかと。しかしそれを言っても潔癖な久志本さんは納得しないだろう。警察庁に就職したゼミ生はいなかっただろうか。
藤倉は頭を悩ませた。そして思考放棄した!とりあえず話題を変えよう。
「久志本さん、剣奈ちゃんは女の子になったって言ってたけど、戸籍とかどうするの」
「はい。それも考えてあります。戸籍の性別変更はすんなり認められると思います」
「それはなによりだ。ところでこれは興味本位なんだけど、剣奈ちゃんの神降ろしの儀式舞を見学することはできない?」
「それは大変危険だと思います。私は偶然その場に立ち会わせました。宇宙幽玄体の「邪気」は身を護るために恐ろしい怪異、魔物を生み出すのです。そいつらが襲ってくるのです。しかもその怪異はどうやら知能を持っているようなのです」
「知能だって?」
「はい。先日の怪異は五匹の黒い犬でした。そいつらが群れなして襲ってきたのです。そいつらは剣奈に三匹を割り当てて、二匹は群れから分かれて私と母を襲おうとしました。速さ、どう猛さ、知能、本当に恐ろしかったです。一般人の我々がその場にいると、剣奈の足手まといにしかなりません。おそらく命を落とすでしょう」
それほどか。それを聞いた藤倉は怖気ずくどころかますます興味をひかれた。全く男というものは何歳になっても困ったものである。
藤倉は考えた。正面から提案しても受け入れられないだろう。何かないか、向こう側にメリットになる何かはないか。
来国光の発見と登録の話は取引材料にならない。久志本さんにはメリットがあるが、剣奈ちゃんにはどうでもいいことだ。何かないか。藤倉は懸命に考えた。そしてあるアイデアが藤倉に舞い降りた。
「それほどなのか。そうだね、たしかに危ないね。うん。ところで剣奈ちゃんはこれまでどうやって邪気を浄化する場所にたどり着いていたんだい?」
「えっとね、電車に乗って、あとは駅から歩いてかな。最初の敵は岡山から電車に乗ってカッパさんの駅で降りて……次は亀さんの駅でおりて……」
弓削である。亀甲である。剣奈よ、それでは二人にまったく通じないぞ?そして細かいことを言うならば、乗ったのは電車ではなくディーゼル車である。これはまあいいか。
「なるほどね。電車とかか。夏休みは久志本さんの実家で過ごして、ここらあたりの邪気払いを行うんだろう?」
「はい。そのつもりです」
「ここら辺は見ての通り山が多くてね。電車やバスがない場所も多いんだ。私はバイクに乗ってるんだけどね。バイクを異世界に送ることはできるのかい?」
「えっと、やったことはありません。でもこの間お母さんとお祖母ちゃんと一緒にキャンプセットを異世界に持っていきました。ボクが触ってたら多分出来るかも?」
「とするとだ、私が君の足、交通手段になることができるよ?そうすれば電車やバスがない場所にも行けるだろう?」
「はい!でも……」
「敵が来たら私はバイクで逃げるよ。そうすれば安全じゃないかな?」
「それいいかも!カッパさんのところの奥にまだ邪気いたんだけど、遠かったら……諦めたんだ」
剣奈は塩之内断層の闘いを思い出していた。初戦は津山線弓削駅近のはぐれ邪気だった。本体も討伐したいと思ったが交通手段がなくて諦めた。
そして津山線沿線で別の邪気の見当をつけて亀甲駅の鬼山に行ったのだ。鬼山の闘いでは駅から鬼山まで30分以上歩いた。闘い疲れた帰りは駅まですごく遠く感じた。
バイクでの移動、それはとても魅力的な提案だった。
「うん!いいかも!ボク、バイクいいかも!ヒーローはバイクに乗ってさっそうと現れるんだ」
「よし、なら決まりだ!ボクから剣奈ちゃんにヒーローらしい真っ赤なヘルメットをプレゼントするよ!」
「うわぁ!やったぁ」
「久志本さん、ボクが剣奈ちゃんを邪気の近くまで送り届ける。闘いの時は安全な場所に避難しておく。邪気払いがすんだ後、きっちり家まで送り届ける。これでどうだろう?」
千剣破は困っていた。獰猛な怪異退治に先生が同行するのはとても無理だと思った。確かに剣奈を送り届けてもらうのはありがたい。大学の夏季休暇は長い。おそらく藤倉には夏休み中付き合ってもらうことも可能だろう。
千剣破は考えた。もし藤倉の提案を断ったらどうなるだろう?タクシーで変なロリコンおやじに遭遇するかもしれない。電車や徒歩での移動中にナンパされるかもしれない。つきまとわれるかもしれない。それらの危険を防ぐためにも大人の男性が同行するのは悪くない。幸い藤倉と剣奈の二人は乗り気なのだ。
乗り気って……。藤倉先生、いい歳したおじさんがまあワクワクと目を輝かせて。ちょっとあきれるところはあった。が、メリットだらけである。二人がいいならまあいいか。千剣破はさっと思いを巡らせた後、口を開いた。
「わかりました。先生がそれでいいならお願いします。危ないと思ったらすぐ逃げてください。万が一については申し訳ないのですが覚悟してください。冗談で言ってません。大けがや落命の危険性があります。それでもなおよろしいのでしたら剣奈のことよろしくお願いします」
「やったぜ!」
藤倉は心の中で大きくガッツポーズをした。藤倉の心の歓喜の絶叫は来国光にダダ洩れだった。
『やれやれ。しかたないのう。仲間が一人増えたようじゃ』
「うん!勇者パーティーのメンバーがこれで三人だね!藤倉先生は物知りだから「賢者」かな?バイクで移動する勇者と賢者ってカッコいいね!」
スズキ Vストローム250。藤倉の愛車である。アドベンチャーバイクである。鳥のくちばしのようなカウルが特徴的で250ccとは思えない存在感がある。
水冷 4スト並列2気筒エンジンで 最高出力は18kW (24PS) / 8,000rpm、最高トルクが22N・m (2.2kgf・m) / 6,500rpmである。ドッシリと安定してよく粘るいいエンジンである。街乗りから長距離、山道の悪路まで何でもこなす。
剣奈の勇者チームに賢者が加わった。さらに冒険を行う上で理想的な移動手段が手に入ったのである。
剣奈の冒険はさらに続く。
◆藤倉 スズキ Vストローム250
【第五章 宝塚でお茶を 完】